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蒼ノ下雷太郎のブログ

一応ライターであり、将来は小説家志望の蒼ノ下雷太郎のブログです。アイコンなどの画像は、キカプロコンでもらいました。

それすらも分からない (ガッチャマン クラウズ インサイト 四話 感想)

 なんか、すんごい展開になってきたね。

 ガッチャマンクラウズインサイト

 

 ツバサとゲルサドラは累を助けるが、案の定、累は『何故邪魔をした?』と言われる。そのことに疑問というか、怒りのようなものを感じるツバサ。

 だって、命を助けたのに何でそれを批難されなければいけないのか。

 ガッチャマン達の中でも議論が交わされ、それにも疑問を抱くツバサ。彼女はゲルサドラの方に共感を覚え、ゲルサドラの口癖のようなみんなを一つにしないとに流され、ゲルサドラに協力しようとするが――

 

 今いったあらすじ以外も、選挙の話や、メディアの話なども混ざっていてね。

 さらに最後は、ある人物が選挙に立候補しちゃってね。

ガッチャマンの世界では、間接的――国民が選んだ政治家が首相を選ぶのではなく、アメリカのように直接国民が選ぶんだね。あと国籍も関係ないようだ。というか、年齢も関係ないし、それどころか宇宙から来た人でも全然かまわないという)

 

 まず、ツバサへの不満や怒りの声が、ツイッターで数多く見受けられる。

 いや、気持ちは分からない訳じゃない。俺も、ツバサはちょっと考えが足りないとしか言いようがない……が、だが、本当にダメだダメだと言うだけが正しいのか。

 若さ故の過ち、なんてことを言うつもりはないが。

 言ってしまえば、VAPE事件のときは祭りのようなものだ。

 わっしょい、わっしょい! と、やってね。

 で、勢いづいて止まらなくなり、突き進んで、よっしゃ! 目標達成だどおおおおおおおおおっ! と思ったら『何故邪魔をした?』と言われたら、そりゃ誰だって反感を覚える。

 だが、あの状況が祭りと違うのは、あくまで祭りのようだであり、祭りではないこと。

 累を理詰夢から助けることは、ツバサが立てた目標であって、累のではない。

 累は累で、ちゃんとした目標があったのだ。その目標はツバサと相容れないから、それによって邪魔されたことに彼は怒ったのだ。だが、勢いに突き動かされたツバサはそれが分からない。

 

 こういうことって現実でもあるよね。

 俺も、友達と話がおもしろくてフィーバーしてね。周りにうるさい、何てよく言われてたけど。

 ツイッターでもよくいるよね。

 勢いに身を動かされるあまり、他人の意見を排除するような人。

 ほんとは具体例を出したいぐらいなんだけどね。

 (だから、俺はなるべく「~でも、~ではないですか」「~は違うんですか?」と強制しないように心がけて……いや、俺がどう思っても周りにそう思われてるかは分からないか)

 ようするに、だ。

 ツバサのような人は、現実でも山ほどいるし。

 そして、不満を感じる人だってツバサのような行動をしないとも限らない。

 彼女は猪突猛進なタイプ……かな。でも、普段は一応自制されてると思う。でも、勢いに動かされても、立ち止まることも大事というのをまだ知らない

 

 立ち止まることを知ってるのは、意外と一ノ瀬はじめだったりする。

 彼女だって一期は突発的な行動をして、そのことだけはツバサと変わらないんだ。

 いや、実際はかなり違うと思うけどね。

 例えば、はじめはツバサのように「それはないんじゃないですか!」と否定しようとはしない。むしろ、彼女の場合は「でも、こういう考え方もありますよね」提示するだけなんだ。

 もちろん、彼女も勢いに突き動かされてすんごいことを起こす。それは、社会的にもすごい影響を与えるのだが――当初はそれに対して、すんごい周りに怒られたもんだが。

 はじめは、その怒る人の意見を否定しようとはしない。

 一応、反論はするんだけど。でも、ツバサほどまでは拒絶しないんだよね。

 別に、このはじめの考え方というか。生き方、を絶賛するつもりはない。

 ある意味、彼女が進もうとする道はこの世のどんな道よりも過酷だ。

 一ノ瀬はじめは、否定はしない。

 ただ、可能性を提示するだけ。

 もっと、他に選択肢はあるのではないかと。

(ツバサとの会話にそれは露骨に出ていた。ハチ公のとこでの会話はそれがありありと。助けたことに文句を言われたツバサは理解できないとブーたれ、またゲルサドラが一つになれば――という発言に賛同するが、はじめはでも争いも必要ですよ? と言うのだ。そして、助けたことに文句を言われたことに対しても、累くんは望んでなかったかもしれないですよね? と返した)

 いやまぁ、それは全部伝わらなかったが。

 はじめはちゃんと、「じゃあ、人が傷つくことも必要だというんですか」と返されたとき、「そうとは言わないですけど」と言ったのだが。

 

 そう、一ノ瀬はじめは誰かに何かを伝える能力は、かなり不足してる。

 最初はちゃんと誰かに伝えようとするのを放棄してるようにも見えたが、いや違う、できないのではないかとさえ思えてきた。

(ハチ公では、ちゃんと意志を伝えているのに、拠点ではやたら独創的なものになってるし)

 いやまぁ、ツバサの気持ちも分からなくはない。

 まだ感情高ぶったときは何言ってもダメだろうし。

 拠点の中で言われたように。『バーンッ!』とか『ドーン!』って言われたって、理解できるはずがない。

 だが、一ノ瀬はじめはそれが大事だと言っていたんだね。

 理解できない考えでも、もしかしたら何かものすごい役に立つような考えかもしれない。

 拠点でツバサは民衆を見下すように発言していた先輩ガッチャマン達に意見したが、これも分からないわけじゃない。

 某元総理の、『B層』とかね。(『自ら考えずに、マスコミの報道に流されやすい知能程度の低い人たち』という意味だそう、だ)

 こんなふうなことを言われたら、良い気持ちはしないでしょ?

 しかも、ツバサはつい最近までその一般大衆の一人だった子だ。反発するのだって無理はない。

 だが、先輩ガッチャマン達の意見を全部否定しなくちゃということになるのか。

 そういうわけじゃないよね。確かに、ツバサはガッチャマンは人を助けるのが仕事でしょ。そんなことまで考えなくちゃいけないんですか」というのは、正しいっちゃ正しい。肝心の人助けが疎かになったら意味がないからね。

 でも、じゃあそれだけでいいのか?

 政治は一般大衆の下となるもの。根底となるもの。法律もインフラも、娯楽も、元はここから生まれるといってもいい。これによって国が成り立たなきゃ、なにもはじまらないから。

 そうなると、政治を考えると言うことは人助けにだってつながるのではないか。

 それこそ、宇宙人は排除せよ! なんてことになったら、ガッチャマン達は死活問題でしょ。いや、そういうことに限らず、他にだって政治によって事件が起こる可能性はいくらでもある。

 さらにいえば、全体を見通すような考え方は、事件を考える上でも非常に有効だろう。もしかしたら、首謀者のやろうとしていたこと、考え方など細かなことまで、見通せるかもしれないのだ。そして、そこまで見通せたら、一人でも多くの命が助けられるかもしれない。

 

 ようするに、一つの一つの意見は正しい。

 だから、互いに互いを尊重し合おうってことだ。

 どれか一つだけを考えると、問題が出てくる。

 丈の考え方だけでは、それこそツバサが指摘したように大衆を見下してるようにしか見えない。

 そして、ツバサの考えだけでは足りない。

 だから、互いが互いを補おう、と。

 これらを、自覚的なのか。無自覚でやってるのが、一ノ瀬はじめっていう人間なのだろう。

 そして皮肉なことに、はじめとは対称的。

 多様性のある考え方を尊重しないような、猪突猛進、真っ直ぐな考え方しかできないツバサを認めるのも、一ノ瀬はじめの思想だ。

 だって、それだって何に役立つか分からないじゃないか。

 そう、世の中分からないことだらけなのだ。 

 だから、多様性のある考え方。

 あらゆる意見でもって対応しないと、解決できない。それこそが、今の時代。

 ネットワークによってつながれ、国民の一人一人が意見を言えて、どんな考え方も出てくる、今の時代にこそ必要なのではないか。

 まぁ、皮肉なことに。

 これって、この思想とは対称的な人物が出ても否定できないんだよね。

 だから、一ノ瀬はじめはツバサやゲルサドラを止めないのだろう。彼女らも含めたものが、多様性ある考え方なのだから。

 

 ほんと、皮肉だね。

 拠点で、はじめがバーン!ドーン!と擬音を交えた説明で、ツバサがガッチャマンに今必要な存在と言ったときも。ツバサに理解されず、「そんなことも考えなくちゃいけないんですか?」と言われるはじめ。

 でも、この意見すらも『いけないかどうか、分かんないっすけど』と返しちゃうんだよね。分からない。自分を正しいとも言わないし、相手を否定したりもしない。だって、分からないから。何が正しいなんて悪いかなんて、分からないから。何が役に立つか、立たないか、分からないから。どんなに考えても分からないから。『でも、ボクは考えちゃうんっすよねぇ』とツバサに返すのだ。

 分からないからこそ、他者を認める。多種多様な考えで、物事に臨む。

 

 この思想こそ、今の日本に本当に必要なものではないかと思えるね――いや、それすらも本当は分からないのか。