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蒼ノ下雷太郎のブログ

一応ライターであり、将来は小説家志望の蒼ノ下雷太郎のブログです。アイコンなどの画像は、キカプロコンでもらいました。

ふと特撮を語りたいと思い、最後は『特撮よ、永遠であれ』と言ってしまった

エッセイ

 俺は兄の特撮ビデオが大量にあったので、それで幼い頃は貪るように特撮を見ていたんだ。

 何故か仮面ライダーは少なかったけど、ウルトラマンゴジラ、あとガメラもいっぱいあってね。ガメラなんて、白黒版のもあって。あのあいつ、ギャドス? ラドンのパク――じゃない。いや、どっちだ。どっちにしても、あいつがガメラの腕を切ったりするのとか絶叫したし、宇宙行ってまで子供を助けに行くのは歓喜したし。

 ウルトラマンは、大体タロウが多かったね。(俺の名前は関係ないよ)兄弟の中で末っ子というのも共通してたし、タロウはかなり共感していて、俺の中のヒーローだった。テンペラー星人にボッコボコにされて、ウルトラ兄弟がそれを知って敵討ちをするんだが彼らもボッコボコにされて、ギリギリ生き延びたタロウが兄弟を救おうとする話とかね。ほんと、感動して泣いたんだけど。タロウがリベンジするとき、奇襲をかけるんだけど、そのときにOP曲が流れるんだけど、そこがまた良くてね。

 でも、ウルトラマンタロウで一番心に来たのは最終回なんだ。

 いや、最終回だからかもしれないけど。話の内容も、すごいんだ。子供向けと侮るなかれ。ウルトラマン(というか昔の特撮は)主人公に憧れるというか、ウルトラマン仮面ライダーなどヒーローに憧れる子供が登場するのだが、その子供はタロウにも出てくる。

 健一くん、という少年だ。

 その健一くんの父親が、怪獣に襲われるんだな。

 で、ウルトラマンタロウを憎むんだ。

 これまで大事にしてただろう、タロウの人形を壊してまで。

 それを主人公である光太郎は止めるんだが。

「だって、ウルトラマンタロウは救ってくれなかったじゃないか!」

 と、言われてしまうんだ。

 思わず、何も言えなくなるじゃないか。

 だって、主人公の光太郎はウルトラマンタロウなんだもの。

 そして、いくらウルトラマンだって万能じゃないんだ。

 万人を救うことはできないし、ときに失敗することもあるだろうし。失敗じゃなくても、救えないときがある。いつでもどこでも、ヒーローがいるわけじゃない。救えない人だって必ずいる。皮肉にも今回は、身近な少年の肉親で起きてしまったわけだが。

 光太郎は自分がタロウであることを告げる。

 僕が、ウルトラマンタロウだ。

 そして、光太郎はタロウに変身するバッジに頼ることをやめて、人間の姿で戦い、怪獣やそれを操っていた(らしい)宇宙人と戦い勝利する。

 そして、地球防衛軍のようなとこも辞めて、一人の人間の青年として生きることを……いや、(え、タロウ辞める必要あったの?)と思うとこはあるんだけど。

 でも、光太郎が健一くんに言われたことが、俺の中のヒーロー像を決めた。

 

 俺にとってのヒーローって、問われる者なんだよね。

 ある意味、暴力を合法化された存在だからこそ。

 いや、あらゆる人々の希望であるからこそ。

 ヒーローは問われる者なんだ。

 お前は本当に正しいのか。

 お前は本当に、正義のヒーローなのか。

 だから、平成版の仮面ライダーはかなり好きでね。『仮面ライダークウガ』は特撮を革新させた名作で、朝の子供向けでありながら、血がブッシャァァァッ!と出るし、一回主人公が死ぬし(そのときも、毒を喰らって死んだ魚のようになったりね)、何より、仮面ライダーとしての因子、矛盾した存在であることを突きつけるのがすごかった。

 何度も問われるのだ、クウガは。

 唯一の肉親である妹からさえも。

 そう、仮面ライダークウガ暴力が悪なら正義のヒーローが振るう暴力も悪ではないのか、と問いかける作品だった。(ここの言葉、多分どっかで見たものだと思うが公式じゃないかもしれないので、一応注記)

 最初はみんなの笑顔を守るために戦ってきたクウガ、五代雄介も次第に、快楽で殺人を犯す怪人達に憤っていくんだね。ある回では、正義のヒーローが悪の怪人を倒すシーンなはずなのに、どっちが悪の怪人か分からなくなるほどのときがあってね。(それもまた、敵の非道に対する怒りのせいなんだが)

 

 『仮面ライダー龍騎』もそうだ。

 13人の仮面ライダー達が戦い、最後の一人となった者は何でも願いを叶えられるというもの。

 もう、正義のためでも何でもないんだね。

 でも、それぞれのライダーの願いは非難できるものじゃないんだ。

 自分の病気を治そうとする者や、大切な恋人を守るために戦う者。中には私利私欲のために戦う者もいるけど――

 皮肉なことに、主人公は誰にでも共感し、熱くなれる奴。

 あれだね、座頭市なんか見たら即座に感情移入して泣き叫び、「いちさあああああああああああんっ!」とか言う奴だね。プロレスを見たら、誰よりも最前席で応援するし、感動映画だと誰よりも号泣するような奴、そんな奴だから、誰に対しても親身になれて優しい良い奴なんだ。

 そんな奴が、この戦いに出るハメになった。

 自分の病気を治そうとする者も、恋人を守るために戦う奴も――どっちも否定できない。彼自身は、こんな戦い――いや、殺し合いを止めたいのに。

 ここでも問われるんだね。

 お前はどうしたいんだ、と。

 他にも、アギトや555,いやいや剣、他にも色々と平成ライダーはいるが、どれも面白いだけじゃなく、考えさせる深い内容が多くてね。

 毎回見る度に、ウルトラマンタロウだった光太郎を思い出して、辛くなるんだが。

 でも、ヒーローってやっぱこういう考え方は大事なんだよね。

 だって、ヒーローって警察とかに近いもの。

 ようは、暴力を合法化されたものだ。

 暴力の危険性なんて語る必要ないだろう。

 安易に『正義』で暴力を振るっていたら、それはいつか壊れてしまう。取り返しの付かないことになってしまう。子供が見る番組だからこそ、それをちゃんと語る必要があるんだよ。だから、子供だけじゃなく俺みたいなボンクラな大人でさえ感動しちゃうんだよ!

 

 その考えは俺の小説にも生きていて。

 『7start』の主人公は、ヒーローコミックが大好きな少年なんだね。

 でも、物語の舞台は地下都市。

 地上に住めなくなった人々が作った場所だが、皮肉にも荒廃し治安なんて欠片もなく、ヒーローなんて本当に夢物語のような存在だった。

 そう、殺さなきゃ自分を守れない。大事な人も守れない世界。

 でも、彼は知ってしまったんだ。ヒーローコミックによって。ヒーローを。

 だけど、彼は知っているんだ。誰よりも自分自身が。殺さなきゃ生き残れないことを。

 そういうことを描きたいのが『7start』でね。さらにいえば、今語ったのは主人公である『九鴉』の話で、他にもまた登場人物がいるんだが、彼らもまたそれぞれに考えるとこがあって――

 

 とまぁ、これだけ俺の中に特撮が生きてるわけでね。

 だから、今後の特撮がどうなるかも心配してるんだが。

 でも、最近はウルトラマンの新作があるし、何より八月からはね……あのね……巨人が来るんだよ。

 願うことなら、特撮よ永遠であれ。と思う次第であります。

 なんか、思ったより長文になった。蒼ノ下雷太郎でしたぁ。