はじめに
*カクヨムに投稿している「騒音の怪物」の番外編です。
実は「騒音の怪物」の最後の方で、微妙に話がつながっています。
どうつながってるかと言えば、主人公の心です。
これまでの番外編のまとめ。
前回の話。
本編
僕は2000年を振り返ろうと思う
第十三話「012 あのとき」
あのときのことは、――いや、あの事件のことは事実だけを述べよう。
彼女は、『本物劇団』を学園中にばらまいた。
当時はインターネットが今ほど普及していなかったから、爆発的に広まったわけじゃない。もし、今のようにネットが当たり前の、スマートフォンで子供達が気軽に見られる時代だったら、どうなっていただろうか。多分、彼女はそこに爆弾を投下しただろう。ただ、時代が違っていただけだ。時代が違っていただけで、多分学園内だけで済ませられた。学園の外には出なかった。
それは、彼女がある種の壁を乗り越えられなかった証でもある。
僕は、一ミリも共感できない。
彼女がしたことは最悪だし、最低だ。
話を聞くと彼女のせいで人間関係がめちゃくちゃになった者も多く、中には「これが私の本音なのよ!」とよく分からない流れになった生徒もいた。いや、それはどうでもいい。これでも、学園内の話だけで済ませられたのは、教師の尽力によるものだし、それはすばらしいことだと思う。
だが、彼女はそれでひどく傷ついた。
いや、他の人から見たら「お前は傷つく資格ねーよ」と思うかもしれない。その通りだ。だが、僕は目の前で彼女が今まで書き上げた小説を燃やすのを見た。
僕らの町は田んぼかガソリンスタンド、もしくはチェーンの飲食店ばかりが並ぶとこで、これといった特産はなく、観光客なんて来るはずもなく、何のためにあるのか分からない場所だった――そんな場所でも新規事業を興そうとした人はいたらしい。そこかしこに、廃墟があった。二階建てのビル、ちょっと大きなモダン建築のようなもの――だがどれも、結果は同じだ。朽ち果てた死体のように死んでしまった。廃墟だ。
僕らは、その廃墟の中でも極めて地味な廃墟に忍び込んだ。
二階建てのビルで、非常階段から二階にのぼる。二階のドアは押すとガタガタと揺れて、簡単に中に入れる。権利者も、こんなとこ誰か来ても別にいいやと放置。ヤンキー達もこんな地味なとこは興味ないよ、と来る気配はなし。
だから、僕らは忍び込んだ。
四月九日。
春休みが終わり、新たな学校生活がはじまるぞ――ってときに彼女は『本物劇団』をやらかして、停学を喰らった。いや、義務教育だから停学で済んだが、退学と言われても仕方のないことをしたと思う。
彼女は無言で僕に指示する。指で、ドラム缶を差し、指で二階を差した。
深夜。この時間帯はまだ肌寒い季節だ。それなのに、彼女は。
はこべ。
と指示した。コートに身をつつんだ僕は肩をすくめながら、拒否はしない。
僕は体力にあまり自信がなかったけど、どうにか運んで、中に入れた。
ドラム缶の中に少しばかり灯油を入れる。ペットボトルに入れていた。家のストーブから拝借したのだろう。そして、マッチで火を点けた。ボーボーと、絵本の火のように燃える。
「………」
彼女は、ドラム缶の中から伸びる赤い腕のような――炎を見つめる。
太陽を凝視するように、そのままじゃ網膜が焼かれてしまうんじゃないかと――思うほど眺めて、そして小説の原稿用紙を破って、一枚、一枚、捨てていった。
お岩とは違う、悲しみ。
ここでまた「いやだから、お前に悲しむ資格ねーよ」と思うかもしれない。だが、僕は彼女を完全に否定できるかと言ったら、NOだ。
本当に好奇心や――欲求だけであんなことしたなら、――したなら、何故彼女は箱守という少女の小説を僕に見せた。他の生徒から話を聞くと、彼女は実在してるようじゃないか。「……っ」しかも、彼女が一番の被害者だ。
だから、この目の前で原稿用紙を燃やしている彼女が――彼女が、……いや、それは希望的観測か。
流れ星に願いを祈れば――もしかしたら多少でも願いが叶えられる可能性があるのじゃないかと自分に言い訳するような希望的観測はやめよう。
彼女は泣かなかった。
「――っ」
だが、その表情は怒り狂っていた。
散々好き放題やって、人を傷つけて、周りに迷惑を掛けて――最後は何も残らなくて。
彼女はこれからどうするんだろう。
噂では彼女が犯人だということは知れ渡っているらしい。というか、堂々とHRで「あ、はい」と名乗り上げたんだそうな。馬鹿か。
……いや、彼女にとってはもしかしたら恥じるより……何でもない。虫酸が走る。
「………」
じゃあ、僕は何だろう。
僕の作品は一切人を傷つけないと言えるのか。誰もが幸せになる小説だと言うのか?
本当に、彼女を非難できる立場にいるのか?
「……っ」
そもそも、僕が本気で止めていれば――いや、まさか本気でやるとは思わなかったけれど。……でも……。
それ以降、彼女とは会っていない。
……いや、嘘か。
ああ、小説を書かないと。2000年を振り返ったら、次は『騒音の怪物』を書かないと……書かなきゃ……書かなきゃ、ダメなんだ。僕は。
僕は衝動的に自室から出て、叔父の書斎に行き、棚にあった叔父の本を全て床に叩き捨てた。
「――あっ」
そして、ふとある一冊で止まる。
『さよなら、デトリタス』という本だ。
「………」
これは、SF作品。未来のドイツを舞台に暗躍する主人公が、国際的犯罪者となった親友を殺す――物語だ。
その小説ではEUの経済が破綻し、そのおかげで原理主義が貧困と結びついて台頭、やがて経済発展したアジアにテロを引き起こす世界である。
そして、何よりアジアの中心であった日本の東京で大犯罪が起こる。
それに巻き込まれた主人公は復讐のためにスパイとして暗躍するのだが、彼は内心その生活にボロボロになり、だから常に創作物を愛していた。芸術を愛していた。現実に圧倒的なまでに悲観したから――現実じゃないのを夢見てしまった。
世界的に有名になった小説家の親友を――うらやましくもあり、同時に尊敬もしていた。
「……っ」
これだけは、叩きつけられなかった。
つづく → 最終回「騒音の怪物」
さいごに。
今まで、ありがとうございます。
次の回――ようするに、明後日で「僕は2000年を振り返ろうと思う」は終わりになります。
乞うご期待。
本編もよろしく。