*スマホでは、一部表記が乱れる可能性があります。
これまでのお話。
I’ll 第四話「彼ら」
009
――VRにいた頃は、しあわせだった。
地下都市に逃げ延びた人類は、地下都市の中でも争いを続けた。
その過程で能力者が生まれ、戦いはより過激さを増していく。
そして、やがてそれに辟易した人々は地下都市なんてコリゴリ――と思うが、地上は人間が住めなくしてしまって出られない。
もう、現実そのものがイヤ――ってことになって、仮想世界に逃げた。
それが、VR。
<i> 落ちてく </i>
<i> ……落ちていく </i>
<i> ……落ちていくんだ </i>
<i> 痛みも辛さもない、やさしい世界に…… </i>
<i> だけど、何もない世界に落ちていく </i>
<i> 居心地だけは良い……それ以外、何もない…… </i>
<i> ……落ちていく </i>
<i> 落ちていく </i>
<i> 落ちる </i>
……やがて、VRの世界にも飽きた人々は、現実世界に刺激を求めるようになった。
現実の世界――地下都市を、仮想世界の中から画面を通して眺めるようになった――。
それが、『7start(セヴンスタート)』。
010
「……(ごくっ)」
僕は思わず、固唾を飲み込んでしまう。
背筋が凍り付き、ビクビクと震える。
そんな僕の背中を優しくなでてくれる人がいた。
「大丈夫だって」
クジラ。
眼鏡を掛けた黒のショートヘアの少女。
歳は僕やもう一人よりかは上で、若干、姉御肌。
――ドンッ、と叩かれる感触。
「何、緊張してんの。やっぱり悪い人?」
「ち、ちがうよ!」
慌てて、訂正。
彼女は、リス。
僕が好きな人で、ここに来た目的そのもの――長い黒髪を結ってまとめて、ニット帽を被る少女。
「……そ、それじゃ行くよ」
拡張領域で、ご丁寧に鏡が表示される。
僕の視界のみに映るもの。
僕の心を落ち着かせようとしているのか。
(interface_guide)
ご武運を。
怪しいと判断されぬよう、お気を付けて。へへへっ。
(/interface_guide)
……こいつ、笑いやがったぞ。
ついに、笑いやがったぞ、こいつ。
何だか時間が経てば経つほど人間味が増すというか。
増してもうれしくないんだが……。
僕が『7start』でここに来て、案内役をしてくれる人工AI……最初は淡々として、落ち着いた印象だったのが、人間味というか……お気楽な性格になってきてる。
いや、性格って。
AIに性格って……何だか違和感だ。てか、今はそれどころじゃない。
鏡に映ってるのは、赤毛の少女。
顔立ちはかわいらしく、瞳はまん丸。長い赤毛を左右に三つ編みにしてて、そばかずはないけど、かわいさと素朴さが入り交じった田舎娘のような少女だ。
――これが、僕の姿か。
今の、僕の姿か。
体も小さく、リスと大して変わらない。
クジラとは、頭一つ分くらいは違う。
<check>◆</check>
ちなみに三つ編みは初期設定で選んでましたが
なに、ゆえに、?
</check>◆<check>
そんなの、好きだからに決まってるでしょ。言わせないでよ。
ともかく、こんなグダグダ語ってないで、さっさと部屋の中に入ろう。
……一瞬、ガイドは引いたような気がするが、無視する。いいだろ、好きなもんは好きなんだ。
僕らは今、ある人物がいる部屋の前にいた。
ごくっ……と唾を飲み、僕は部屋に入る。
011
「――いらっしゃい」
薄暗い部屋。
地下都市の天井は、きらめく星のようにライトが照っているのに、ここはそれを拒むかのように暗い。いや、暗闇というほど暗いわけじゃない、最初は辛いと思ったが――慣れると視界もはっきりとしてきて、むしろ居心地の良さそうな明るさに思えてくる。
客用のソファーや、壁の端にロッカーが一つある。奥には本棚があり、大量の蔵書および仕事の書類らしいものがファイルされて並べられている。
そして、手前の机にはファイルされてない書類が山積み。
(interface_guide)
ファイルには、過激派によるテロ。
四番街の刺客――
他にも五番街の情勢など、物騒なのが目につきますね
(/interface_guide)
余計なのクチにしないでよ。
……机にいたのは、細身の青年だった。
「初めまして、俺は二狗(ニク)」
黒髪で右目を隠し、どことなく知性を感じさせる。
微笑するその姿は、薄暗いこの室内によく馴染んでいた。闇と光をほどよく混合しているのが、似合う……彼は、椅子にすわり、僕をじっと見すえる。
(interface_guide)
これこれ、まずはあなたから挨拶でしょ。
(/interface_guide
――はっ!?
と、僕は鞭で叩かれたかのように高い声を上げてしまう。「はうっ!?」そして、急に背筋をピンッと伸ばして、自己紹介をはじめる。
「ぼ、僕は――ぼぼぼぼぼぼ、ぼくは!」
「あぁ。ゆっくり、落ち着いて」
すごい、穏やかにフォローされてしまった。
安心すると同時に、すごい悲しみが落ちてくる。
……イ、イメージだけは立派だったのに、予想外にポンコツだった。僕。
(interface_guide)
まぁ、VRってようは引きこもりの集団ですからね。
(/interface_guide)
うるさいよ。
こいつ、お気楽が消えて今度は辛辣になってきたぞ。
……僕は優しそうな目で見てくる二狗――さんに背中を押されるように、ゆっくりと深呼吸して、自己紹介をやりなおした。
「……ぼ、僕は、アイルといいます」
そして、あらかじめ用意していた経歴を話した。
あまりにもぺらぺらと話すから逆に怪しまれていそう。
七番街で生まれて、母親はおらず、父親に育てられて生きてきました。父は情報屋をしており、各地の族と――と、穴がないようにしゃべったつもりだけど、やはり怪しいか。
「………」
二狗さんも、穏やかな表情を保ったまま、こっちを見つめる視線はどことなく恐い。
仏像にこれまで自分がしてきた人生を滔々と語るかのようだ。
……ね、ねぇ。
この二狗さんって、ある意味では最強なんだよね?
それって、どういうこと。
(interface_guide)
今は聞かなくていいですよ。
とりあえず、面接に集中して。
(/interface_guide)
と言われて、仕方なく僕は開き直ったつもりで面接にのぞむ。
「意外と、よく説明できてるじゃないか」
僕が心配したことを指摘された。
「で、何できみはこの族に入団したいと思ったのかな?」
き、きたっ――。
僕は奇声を上げそうになる。
「え、えーと――」
僕は必死に言葉を紡ぎ上げようとするんだけど、そわそわして、目は天井、床、壁、窓と、行ったり来たりして、指をもじもじしだして。
「――ははっ」
二狗さんに、苦笑までさせてしまう始末だった。
「……そ、その……V、Vのみなさんが……かっこよかったから」
「うん、分かった分かった」
ん?
何だか、優しく終わりにさせられたけど、妙だぞ。
一応、族の入団面接であるなら動機の部分はもっとくわしく聞いてもいいだろうに。
<check>◆</check>
Vのナンバーズは全員能力者ですが、
</check>◆<check>
<check>◆</check>
この二狗は、心を読む能力者なんですよ。
</check>◆<check>
――僕は、背筋に液体窒素を流し込まれたかのように硬直しそうになる。
(interface_guide)
落ち着いて。
今、対策プログラムが働いていて代わりの思考を読ませてるから。
(/interface_guide)
『使用注意』対、読心能力者用プログラム【使用には注意!】
――僕がリス子を好きだってのバレたのかな。
いや、まさかな。しかし、もしかしたら――
『使用注意』対、読心能力者用プログラム【使用には注意!】
<check>◆</check>
一時的にあなたの疑似AIを作成し、
それの思考を読ませています。
</check>◆<check>
とのこと。
どうやら、二狗がさっきからこちらを見て苦笑しているのは、そのせいらしい。
……いや、僕がリスを好きって。
思わず、……ポッと赤くなる。
そこをバラしてどうすんの。女の子同士ってここじゃおかしいんでしょ。てか、あまり他人に知られたくなかったのに。今僕、一番知られたくないことを知られたの? ちょっと、肝心なのが守れてないじゃん!
(interface_guide)
気にしなくて良いですよ。
二狗は誰かに言わないでしょうし、
性別も地上があった頃と違って、そこまでうるさくないです。
(/interface_guide)
……そう、言われてもさぁ!
012
……とりあえず、面接は終わった。
二狗さんはあれで、色々と複雑なことを考えていたらしい。もしかしたら、罠じゃないのか。スパイじゃないのか。心を読めるからといったって、それに頼り切るほど弱い人じゃなく、油断したら全てがバレてしまいそうだった。
「あ、遅かったねー」
「……んぅ、おかえり」
クジラとリスは面接をやった校長室の前で、妙な遊びをして待ってくれていた。
正式名称は分からないけど、二人が向かい合って、両手で押したり引いたりして、相手の足を動かせば勝ちというゲーム。
「どぉらっ!」
「ぎゃぁっ!」
と、少女らしからぬ声を出して、リスが勝利した。
「やった!! やったよぉ!!! アイル、私クジ姉に勝った!」
「――え? あぁ、うん」
いや、ゲームに喜びすぎというか。
こんな、校長室の前で騒ぎすぎというか。案の定、僕が出てきた校長室から二狗さんが出てきて、「うるさいぞ、栗鼠! 遊ぶなら外でやってこい!」と叱られた。
僕は思わずビクッと震えたんだが。
「きゃははっ、ごめんなさい、ニックン!」
「あ、こら、ちょっと。ちゃんと呼びなさい。すいません、二狗さん。その、うちの部隊の子が」
行こう行こう、と僕の手を引っ張るリス。
怒られたのに全然へっちゃら、という顔で。
逆に部隊の長らしい――クジラがあやまっていた。いや、あやまっていたのだが。
何故だろう。どことなく、うれしそうだった。
うれしそうに……二狗さんと話していた。
二狗さんも二狗さんで叱った割には、そこまで迫力はない。さっきは妙な恐さがあったのだから、やろうと思えば叱責で黙らせられるはずだ。
「え? えぇ?」
「もう、にぶいなぁ。二人だけにしてあげようよ」
「えぇ?」
(interface_guide)
人生経験が薄いですねぇ。
あのクジラって子は、二狗が好きなんですよ。
(/interface_guide)
僕は大量の疑問を生産する。
(interface_guide)
それ以外にも常識が欠如してそうですね……。
(/interface_guide)
013
校舎の入り口までもどると、一旦そこで止まり、クジラを待つことにした。
そして、クジラの話をしてくれた。
「あの人、昔から二狗さんのことが好きでね。命の恩人らしくて……ま、私は二狗さんよりイケメンの人、知ってるからあれだけど……あの人、幼い頃に、二狗さんが、いえ、このVがまだ三番街を取り戻してない頃に出会ったらしいの。悪い大人から助けてもらって、で、Vのメンバー……といっても、下っ端として働かせてもらったんだって」
それ以来、二狗さんと二狗さんが率いる族『V』を気にかけてるんだとか。
校舎の入り口。
壁によりかかって、話す僕ら。
……そうか、と。
何故だろうか。本当なら彼女の恋を応援しなきゃいけないのに、妙に心に空白のようなものを感じる。ドーナツになったかのような気分だ。
(interface_guide)
THE・男の心境ですかね。
あれでしょ、ちょっといい女性って思った人に恋人いたり
好きな人がいるのを知ると――っていうやつでしょ。
(/interface_guide)
辛辣だったガイドは今度は急転換して、コイバナが好きな乙女になった。
いや、変わりすぎだろ……これが創作物だったら、キャラクターに一貫性がないって怒られるよ。
……というか、っていうやつって言われても。
そんなの僕は経験したことないし。
というか、何でも自分のものになるって考えてたようで、あまり好きじゃないな……。
(interface_guide)
違うんですか?
嫉妬、もしくはショックみたいなのが
全くないとでも?
(/interface_guide)
……いや、あるけどさ。
でも、あまり認めたくないよ……。
(interface_guide)
さっき男特有のもののように言いましたが
実際は性別関係ないと思いますよ
女性だって、かっこいい人がいて
その人に恋人いたらショック――となるんじゃないですか?
(/interface_guide)
知らないよ、僕はそんなこと――。
「いいよねー、クジ姉は。もしかしたら、脈ありそうでさ。そこまで歳も離れてないもんね……私なんて、あの人とは大分歳も離れてるし。他にも恋してそうな子、多そうだもん」
「……そ、そう」
考えない、ようにしようとした。
僕は、リスに会いたいから――いっしょにいたいから、ここに来た。
なのに、現実は非常なもので彼女には――。
(interface_guide)
……それは、ここに来る前から分かってたことでしょ。
(/interface_guide)
知ってるよ。
ここに来る前……VRの画面越しに、このリスの姿を見てたときからずっと、知っていたことだ。僕が彼女を好きになった理由もそこにある。
一途に好きな人のために努力する……そのひたむきさが、献身さが、僕は――。
「……九鴉さんにさ、私も……」
彼女が好きなのは、Vの中でも初期メンバーであり、ナンバーズの中でも実力者として名高い人物。
九鴉だ。
NEXT → 「死」
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