*カクヨムに投稿してる「騒音の怪物」の番外編です。
これまでの話。
本編。
003
三月二十二日。
あの日のことは忘れないといえば、出だしから美しいスタートなのかもしれないが、生憎僕は美しいスタートを切ることはできない。覚えてることの方が、忘れたものより少数派だ。弾圧されてしまうほど、僕の記憶はあのことを思い出せない。
桜?
咲いていたか。
いや、まだ咲いていないか。
このときは確か新しく出たゲーム機――クラスに数人はオタクな子が騒いでたのを覚えている。今ではあのグラフィックは大したことないかもしれないが、当時はすごかったのだ。ゲーム機で革新が起こったと思っていた。何かが変わると思っていた。
だが、変わらなかった。
変わらなきゃいけないのは人で、ゲーム機ではない。人間はゲーム機ほど賢くないし、人の役に立てない。
「これが学者だったらゲーム機が人の役に立つかといいそうね」
あれは彼らの幻想だろう。
少なくてもゲーム機は彼らの月収よりも年収よりも稼いでいるし、人の心に感動を与えているよ。当時はSFや映画全盛期の影響を受けた人々がゲーム制作をしていたから、長大で濃厚な作品が多かったんだ。……今は、逆にそれが薄れてるようだけど、当時はすごかったんだよ。
「出た。当時はすごかったんだよ教」
過去はいつだって美しいからね。本当は今とそれほど変わらないのに。
でも、改めて言わせてもらおうと当時はすごかった。少なくても、何かが変わる予感があった。実際に変わった・変わらなかったをぬきにしても、確かにあったんだ。
僕は図書館にいた。
意外と思うかもしれないけれど、僕はフランスの哲学に凝ってはいなくて、年相応に、そして周りに影響されてゲーム文化を愉しんでいた。で、このとき見ていたのは、ポケモンの本だった。ポケモンが社会に与えた影響は――という本だ。
「題材は若者も興味持ちそうだけど、でもやっぱりあなたらしいって思う本ね」
僕はともかくその本を読み、あぁポケモンはすごいんだな、で経済って何だろと調べたくなり、金融から入って――読みあさっていたんだっけか。
で、そのとききみに出会った。
「へぇ……」
――あなたには書きたいものが何もなさそうね。
多分、こんな感じだと思う。
きみは、いきなり僕にそう語りかけてきたんだ。
「通り魔みたいな女ね……そんなにひどかったかしら」
きみは所詮偽物だからそこまでは分からないよ。本当のことは分からない。
いきなり彼女に言われて、しかも僕は周りに小説を書いてるなんて言ったこともなかったし、片鱗も見せなかったはずなんで……あのときはすごい驚いたな。いや、いきなり書きたいものが何もって言われて、意味不明だとも思ったけどね。
「ようするにマゾだったから感じたのね」
やめてよ、そういうのは。
そして、彼女に理不尽なことを言われてそのまま会話をしたんだ。
結構、したと思う。
「どういう神経よ」
きみが言うのかい。いや、偽物だったか。
会話をしてるのは覚えてるけど、どういう会話だったか。細かいことは思い出せない。もしかしたら、森奈津子の本のことを話したかもしれないし、江戸川乱歩の小説ってあなたに合うわねと言ったのかもしれない。もしくは、最近の文学についてどう思うだとか、あまり売れてないわね、やはり散っていくしかないのかしらと最近の若者みたいに、まるで自分がその話題の中心にいるかのように話したのかもしれない。もしくは映画の話か。スターウォーズの新作は、エピソード7はどうだった、いや最近か。当時はエピソード1だったかな。いや、時期が微妙に違うだろうか。ともかく、きみと色々な会話をした。
「ざっくりしたまとめ方ね……」
で、その日はそれで別れた。
三月二十三日。
また、きみと図書館で出会った。
「図書館以外に行くとこがないのかしら」
「ないから行くしかないんだろ」
外で遊ぶのに興味が持てず、会話も疲れる。学校で行う作業のような、儀式のような会話だけで充分だ。普段の生活だけではそんなのは無縁だと錯覚したかった。
「でも、会話していたのね」
「儀式じゃなかったから。作業にも感じなかった。本当に、ただ話したいと思っただけなんだ。歩いてるときに、街路樹にふとふれたくなるような、ただ何となく、それだけで得た喜びだったんだ。その程度の動機だったからこそ、僕はあらゆるものから解放された気がした」
「大げさね……」
「小心者なだけだよ」
あの出来事を、ささいなことと認めたくなかった。
そうでもしないと、色々なものに取り残される気がした。
つづき → 「004」
本編。