*カクヨムに投稿している「騒音の怪物」の番外編です。
これまで。
「僕は2000年を振り返ろうと思う(騒音の怪物 番外編)」 まとめ
前回の話。
僕は2000年を振り返ろうと思う
005 学校
学校というタイトルを付けたはいいものの、学校に対してとくに何か良い思い出があるかといったら、ない。特別に嫌な思い出もなかったけれど――いや、それはないか。たくさんあった。だから、良い思い出なんてない。
「この前やってたドラマがさ」
「あー、あれか」
会話には参加していた。
どことなく、白々しく。
でも心の中では彼らと距離を取っていた。
彼らのことが嫌いだからじゃない。多分、小説の主人公に憧れていたのだろう。無駄に孤独感を醸し出す語り手が多かった時代だ。もしかしたら、日本国憲法で決められていたのかもしれない。孤独感を醸し出す主人公を出さなきゃいけませんよと、で、彼らは歓喜の声を上げて孤独感を醸し出す主人公を書いたのだ。
馬鹿馬鹿しい……。
教室。
どこにでもある教室。木目の床に、前後で大小サイズが違う黒板。規則正しく並べられた机、イス。男女で分かれた縦の列。カカトを踏みつぶした奴が多い、上履き。制服、学ラン。くすんだ、窓。ベランダ。
思い出すことはできる。
だが、どれも心地よいものではない。
小説に出てくる孤独な主人公になりたかったのもある。
でも、何より僕はここを好きだと思っちゃいなかった。
何がイヤかって、反抗心をむき出しにしてるつもりが実はそんなのそこら中にあるありきたりな、テンプレートな反抗心だったってこと。
反吐が出た。
「今でいう、中二病?」
当時は多分なかったと思うけどね。
というか、この声を発してるのが。
僕が頭の中で思い描いた彼女なのか、それとも彼女との記憶をたぐるように思い出された彼女なのか――分からない。
それさえも分からない。
「あなたは、小説を書くことにしたのね」
だから、小説を書くことにしたのね。
ああ、その通りだ。
はじめに書いたのはどれもカタチにすらなってないものばかりだった。
言い訳をさせてもらうと前衛を取り違えていたし、フツーに書くのがかっこ悪いとさえ思っていた。その考え方の方がかっこ悪いというか、気持ち悪いと気付くのはすぐだったと思う。確か彼女に罵倒されたんだ。
「容赦がないわね、ホントに……」
自分のことながら、僕のイメージだけで思い描いた彼女はつぶやく。
彼女とは学校が違った。
だから、学校では彼女と会うことはない。
僕は公立で、彼女は私立。
住む場所は近くても中学校の違いは世界観の違いといっていい。思春期の大事な時期を成すものだからこそ、そのとき場所が違うのは大分価値観を変えてしまう。
だが、僕は彼女の価値観に浸食されつつあった。
「つまらないものを書く必要なんてないわ」
と、彼女は言った。
図書館だったか。
彼女が読んでいたのは何だったかな。黒い表紙で――ボルヘスの本だったか。『伝奇集』、ラテンアメリカ文学を読む中学女子というのは貴重な気がする。いや、今だから言える話で、当時の僕は恥ずかしながらボルヘスどころかラテンアメリカ文学のラの字もロクに知らなかった。今の僕からしたら、冬の大河に飛びこんでそのまま凍死してしまいたくなるほどの恥なのだが、当時の僕はあっけらかんとしていて、思い出す度に彼のことを殴りたくなる。殴りたくなるなんて――僕自身だからこそ言えるんだろうな。他人だったら言えない。僕は平和主義だ。平和主義といって、何事もなぁなぁで済まそうとする最低な男だ。だから、普段は言わない。だが、自分自身にだったら言える。多分、『百年の孤独』で殴りつけてラテンアメリカ文学について滔々と語る。いや、語るしかない。ラテンアメリカ文学を知らないくせに、あのときの僕はテレビで流行っている文学を読んで良い気になっていたのだ。氷を持ってきて、朝登校するときに激突させればどんなに気持ちいいか。
「――突き抜けたものを書きなさい」
だが、当時の彼女は僕を叱ったりはしない。
ラテンアメリカ文学――いや、ボルヘスの『伝奇集』を見ても何の反応も示さない男に、彼女は何を考えてたのかは定かじゃないが、多分、それなりにひどいことは思っていたのだろうけれど、でもクチでとやかく言ったりはせず。
その代わり、僕が進むべき道だけは示してくれた。
「突き抜けないものはつまらないことよ。何もできないことよ。突き抜けなさい。道理とか道徳とか、そんなのどうでもいい。現実の尾なんてつかまないで。現実なんて忘れて、ブチ壊して、それが――それが、小説でしょ?」
彼女の小説観はちょっと特殊なようだ。
当時の僕は思った。