*「騒音の怪物」の番外編です。
これまでの話。
「僕は2000年を振り返ろうと思う(騒音の怪物 番外編)」 まとめ
前回の話。
本編
僕は2000年を振り返ろうと思う
第八話「007 彼女のこと」
彼女は女子校に通っていた。
といっても山奥にある学園の深窓の令嬢というわけではなく、代々栄えてきた伝統ある家系の娘でもない。いたって普通の少女だ。父親は商社、母親は専業主婦。今となっては裕福に見えるかもしれないが、二階建ての白い住宅が印象的だった。それを当時の僕は地中海の白亜の建物に見えたのだけれど、それを知ったら彼女はどう思うだろうか。
「気持ち悪いわ」
脳内でイメージしていた彼女が再び語りかける。
「あなたが生みだしたイメージでしかないのが言うのもなんだけどね。でも、あなたのその感想は気持ち悪いはね。当時、本人がどう思っていたのか。前回、枠を粉々にできたらいいのにと言った少女がよ? あんな白紙のキャンバスのようなのを見せられて、毎日毎日見せられて、よろこべるはずがないでしょ?」
むしろ、あれをドス黒く塗りたくってやりたいと願っていたらしい。
彼女の好きなアーティストはヴィジュアル系バンド。
「この頃って、もういたんだっけ?」
いたよ。
幼い頃にギャグ漫画がアニメ化したときのOPがヴィジュアル系だった。今はそのバンドはヘヴィメタになったけど。
「それは話が長くなりそうね。で、彼女はひたすらそういう曲ばっかり聴いてたの?」
聴いてた。
図書館に来てたときもカバンの中にはMDに好きなバンドのをいくつも入れていた。アルバム曲をまるごと入れたやつから、好きなバンドを複数ミックスしたやつと様々だ。
「今の子には分からない単語でしょうね。MDなんて、今じゃ骨董品よ」
でも、当時は確かにあったものだ。
当時は骨董品じゃなかった。
いずれ、今僕が使っているスマホだって骨董品と言われるさ。
「ただ、それが自分の番になっただけ」
そう、2000年はもう過去の話だ。
ノストラダムスの予言が消費者によって消費され、コンビニのおにぎりのように信じられる・信じない関係ないしにネタにされたのも忘れ去られ。
結局は、過去になってしまった。
その数年前にはオウムの事件があり、あの未成年が犯した殺人事件もこの頃か?
結局はどれもこれも過去になってしまった気がする。
思い出したくないのはみんなそうだと思うし、思い出していいものかというのもある。
だが、どうだろうか。
ふと、振り返ることは必要なんじゃないか。
多分、あのとき起きた事件はどれもこれも、いずれまた起こるかもしれない事件なんじゃないのか。
昔、歴史の先生が言っていた。――あれは、中学だったか。いや、高校だったかな。正確なのは忘れたが。
『人のやることなんてのは、人種・国籍・民族、あまり関係はない。だから、大抵はどいつもこいつもやることは同じなんだ。だから、過去に起きた事件や戦争を見れば、今後起こることも大体起こる』
今の信仰は間違ってると怒り、暴動を起こしたらやり過ぎて信頼してた者からさえも見放される。
現実の世界に絶望した者達が一箇所に集まって生活をする。閉ざされた生活は熟成し、絶望は革命という希望に変えて、テロを起こそうとする。
日常の不満がたまりたまり……それの行きつく果てが、本当は過去に散々行われてきた、ようするに歴史において大して珍しくも何ともない――犯罪。
「もしかして、きみが目指すことも歴史においてはありきたりのこと――この退屈なループした生活のようだと考えたことは?」
僕はどっちの彼女に聴いたのだろう。
「ないわ」
「あるわ」
どっちの彼女が答え、どっちの彼女が答えたのか。
「本人にとってはすごく大事な出来事だったとしても、周りから見たらひどく陳腐なものでしかない。それを物語と呼ぶ人がいるのかもしれない。物語って、そういうものよね。その物語を読んでない人から見たら、ただのインクにしか過ぎない。誰かが起こしたただの行動に過ぎない。音に過ぎない、映像に過ぎない――あなたは、それでも書きたいと思う?」
物語が人を救うなんてのは戯れ言だ。
凶悪犯罪が起こる度にテレビの学者が発症する、あの創作物のせいだ病、を推奨するわけじゃない。
だが、安易に否定できるとも思えない。
ある創作物を見て希望を持ち、力をもらう人がいる。
そんな人物がいるとするなら、その逆もあるんじゃないか。
ありうるんじゃないか
「小説家って何なんでしょうね」
小説は言葉だ。文字だ。
ひどく原始的で、メディアとしては映画や漫画や音楽にかなり劣る。
見る方のリテラシーを求める、読者優先のメディア。こんなもの――こんなもので、何が変えられる。
「でも、小説はだからこそより奥深くにいける」
文字しかないからこそ。
それしかないからこそ。
より読者は想像しようとする。
想像してしまう。
そのとき、読者と作品は結ばれて。
他のどんなメディアよりもより心の奥深くに侵入できる。
「そこまでいったら、もう一種の革命だと思わない?」
「思わない」
僕はそんなつもりで小説を書いてるんじゃない。
「じゃあ、あなたは一体どんな理由で書いてるの」
彼女は聴いた。
「――は、そのためだけに生きてるわ」
このとき、僕の耳が破裂しそうだったのは何故だろうか。
もしかしたら、このときようやく彼女が一人称を。
いや、使っていたのかいなかったのか――。
ともかく、僕はとてつもなく耳をふさぎたくなった。
「本来、何かを創作するって――それほどゴミクズだってことじゃないの?」
つづく → 第九話「008 学校2」
本編。