蒼ノ下雷太郎のブログ

一応ライターであり、将来は小説家志望の蒼ノ下雷太郎のブログです。アイコンなどの画像は、キカプロコンでもらいました。

 僕は2000年を振り返ろうと思う(騒音の怪物 番外編) 第十二話 「011 日常」

 はじめに

 *カクヨムに投稿している「騒音の怪物」の番外編です。

 

 これまでのまとめ。

「僕は2000年を振り返ろうと思う(騒音の怪物 番外編)」 まとめ

 

 前回の話。

 第十一話 「010 学校4」

 

 本編

 僕は2000年を振り返ろうと思う

                 第十二話 「011 日常」

 僕は叔父からもらった館で小説を書いていた。
『騒音の怪物』。

 出来不出来はともかく、やっと僕の小説が書けたと思う。
 ジャングルの秘境で、というのは大げさか。でも、これまで探してきたものだ――過去に来た道をたどり、ようやく、秘密基地にでも落としたものを見つけた喜びが僕の中にあった。

 彼女の話をしよう。

 過去ではなく、現在だ。
 そのため、2000年を振り返るという主題からは外れてるように見えるかもしれない。
 だが、これがあるから過去を振り返りたいと思った。
 僕は、彼女が今どうしてるかを知っている。

 実は知っている。
 彼女と一度だけ会ったことがあるのだ。嘘をついた。
 あのあと――2000年のあの出来事のあとに、数年後――大人になって、喫茶店で会話した。
 馬鹿でかいスピーカーが壁に取り付けられていた喫茶店だった。
 店内は薄暗く、座席は教会のように横並びの席がスピーカー前にあり、あとは壁に寄り添うように向かい合わせの席、そして二階の座席。僕らは壁に寄り添う場所に座った。
「変わってないのね。あなたは、まだこんなとこで暮らしてる」
「暮らしてはいないよ」
 でも、こういう世界で生きようとはしている。
 人のロマンで構成された場所に、僕も居続けたいと願っている。
「私、結婚するの」
 と、彼女は結婚指輪を見せた。
 このとき浮かべた微笑はとてもキレイだった。
「そうか」
 僕は動揺していたのか。
 していなかったのか。
 下手したら、安心してしまったのかもしれない。
 あれだけ激しかった彼女だ、何でもしようとした彼女だ。
 それが、ようやく落ち着いて――落ち着いて?
 何が、落ち着いたといえるんだ。
「もう、夢見るのはやめようってね。だって、辛いだけじゃない。私さ、昔は、その、思春期だからさ。いや、これは言い訳だよね。ちょっと、自分でもないと思う。だから、ふっきろうとしたの。そしたら、大学の同窓会。まだ一年か二年しか経ってないのにね、いい人と出会えたの。その人は本が好きだった。だからかな。そう考えると、あれまで本に熱中していたのも無駄じゃなかったって思える」
 本当に?
「あれほど、気が狂っていたきみが?」
「気が狂っていたって――失礼ね」
 否定はしなかった。
 失礼ね、と言っただけで。
 スピーカーから流れる音はベートーベンのピアノの曲だ。
 ベートーベンは誰よりも理想を追い求めていた気がする。いや、これは吉田秀和の受け売りなのか。でも、僕もそう思う。昔、彼の伝奇漫画を読んでたときに、ナポレオンのために『英雄』を書き、のちに失望した彼の顔が――今でも鮮明に頭に浮かぶ。
「僕はきみが嫌いだったよ」
「……嫌な告白ね」
「だけど憧れてたよ」
 それが全てだった。
 彼女が結婚することは喜ばしいことだ。それに勝手に暗くなるのは僕の心が歪んでいるからだろう。あまりにも愚かで、下劣だ。だが、心は論理でどう否定しようにも迫ってくる。吐き出したい、ぶちまけたいという感情が芽生えてくる。
「小説は?」
「ん、今でも読んでるわよ。そりゃ、習慣だからね。ついつい、手に取っちゃって。この前、読んだのは本屋大賞の」
「違う。執筆だよ」
「ない」
 否定。
 やっと聞こえた、彼女の否定。NO。

 本心だ。
「書くはずがないじゃない」
 間を取るように、コーヒーを飲む彼女。
「だって、何も変わらないじゃない」


 ……そして、一人だけになった。
 僕はベートーベンの悲しいピアノソナタを聴いた。
『勝手に悲しんで、憐れな人』
 僕が書いた小説に出てくる彼女の声が聞こえてきた。
 あまりにも、悲しかった。
 みじめだった。

 

 つづく → 第十三話「012 あのとき」

 

 

 最後に

 

 本編は完結しようとしています。

 よろしくお願いします。

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