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蒼ノ下雷太郎のブログ

一応ライターであり、将来は小説家志望の蒼ノ下雷太郎のブログです。アイコンなどの画像は、キカプロコンでもらいました。

イノベーション・エコシステムに惹かれて(『ゴールドマン・サックス研究』 感想)

本 語り

 アメリカで流行。

 LAで流行ってる、とか言われると。

 ついつい、心が傾いてしまうのが人情ってもんだろう。

 

 行動経済学とまでいうつもりはないが、マックの座席、スーパーの特売よろしく、なすがままに流される、水が上から下へ落ちるように、お菓子の家に迷い込んだ子供二人が歩きながら撒いた食べ物を自分らが食べるような有様である。

 いや、ちょいとひどいこと言っているが。

 

 最近、料理に凝っていて。クックパッドを見ながら、よいしょ、よいしょとがんばってやっている。

 この前は、『エッグインクラウド』をつくってみた。

(エッグインクラウドとは(アメリカで話題!ふわふわ~♪エッグインクラウドがおしゃれでおいしそう♡ - NAVER まとめ))

 

         f:id:aonosita:20161006104057j:plain

 

 エッグの他に、総菜があったりするのは勘弁してほしい。

 あと、栽培でやってたミョウガも切って、フライパンで焼き、しょうゆで味付けした。

 これだけで、うまいもんだね。エッグも、すごいおいしかった。フワフワしたメレンゲが塩で味付けされてるから、フワフワとした食感ながらも味がちゃんとあり、さらに黄身までミックスされるから、最高である。

 さらに良いことは、応用が効きやすいことか。

 トーストの上に乗っけたり、中にはもっとメレンゲ部分を大きくしてその上に野菜を乗っけて、オシャレなサラダにしたのもあったな。

 あれは、一度やってみたいもんだ。

(ただ見栄えとしてどうしてもプチトマトが必要だが……俺は食えないのだ。殺生な)

 

 

 さて、枕として長いこと語ったが。本題はこれではなく、ちょっと試しに読んでみた面白かったので、紹介したい。

 金融関係の話で、何かというと『ゴールドマン・サックス』の話だ。そこに務めていた人が書くのだから、信頼性は高いが、しかしゴールドマン・サックス……と思う人もいるだろう。

 まぁ、それについて告発というか批判した本だけどさ。だが、それを冷血につきつめていくだけじゃなく、「だから、日本もがんばらなきゃいけないんだよ!」と胸を熱くさせるような、金融マンって冷たい印象をどうしても持ってしまうけど、むしろ、アニマル浜口のような熱血さを感じさせる一冊だった。

ゴールドマン・サックス研究 (文春新書)

ゴールドマン・サックス研究 (文春新書)

 

  

 簡単に、説明すると。

 

 自分が務めていたゴールドマン・サックスは、まだひよっ子だった大手企業を真摯に育て上げて、尊敬する企業であったが、いつのまにか強欲企業と言われるようになり……と、嘆きながらもゴールドマン・サックスおよび、金融業界のひどさを語っていく。

 

 例えば、サブプライムローンや、『マネー・ショート』見ていた人なら分かると思うけど、CDSとかね。

 それにより、ギリシャがかんなり困ったこととか。

 あいつら、結局ゴールドマンの顧客はゴールドマンなんだな、と批判していく。

 

 だが、この本はそれだけじゃ終わらない。

 じゃあ、日本はどうだ。と見返してみれば、結局やってることは変わらないじゃないか。

 いや、金融に関して言えば海外ほどひどいのはいない。

 しかし、経済はどうだ。と、語り。

 逆に、アメリカのデトロイトは復興の道を進んでいると続く。

 

 アメリカのデトロイトは、車の製造などで盛っていたとこだけど。

 それが破綻して、かんなり悪いとこになってね。

 でも、今は「工場農業による復興プロジェクト」が進んでいるんだとか。

 これは、デトロイトで空き家となった工場やオフィスビル、大型店舗などを室内農業にするというものである。

jp.globalvoices.org

 ネットで検索すると、室内農業だけじゃなく菜園も広がってるらしいけどね。

 

 一度、リアル・北斗の拳とか散々言われた街ではあるけれど。

 今じゃ立ち上がろう、もう一度甦らそうとがんばっている。

 胸アツな話じゃないか。

 

 この本でもこれは熱く語られていて。日本も、これを見習いがんばらねばならないのではないか、と訴える。

 

 本には、途中ある言葉が出される。

 イノベーション・エコシステム

 エコというと、分別云々を思い出すけどさ。これの場合のエコは違う。

 ようするに、イノベーション(技術革新)のための生態系をエコ(保全する)ことが、大事であるということだ。

 技術革新は天才がいれば、と待つだけではダメだ。だからといって、大勢を育てるってだけでもだめ。真の技術革新は、それを育てる土壌、育った者達を受け入れる度量がないとダメだという。

 

 最後に、この本はある言葉を引用する。

 マキアヴェッリのだ。

『普通、人間は、隣人の危機を見て賢くなるものである。それなのにあなた方は、自ら直面している危機からも学ばず、あなた方自身に対する信ももたず、失った、または現に失いつつある時間さえも認識しようとはしない。あなた方の考えを変えないかぎり、いたずらに涙を流すことになるだけであろう。』(途中までそのまま引用)

 (引用元、塩野七生『我が友マキアヴェッリ』)

 

 

 自らのいたとこ、自らもある程度は関与してると戒めながらも。

 だからこそ、日本は対岸の出来事と思わないで。いつ、ここでも起こるかも知れない、と危惧しなければいけないのだ。

 と、熱く語った一冊である。

 

 最後に、引用した部分をちょいとだけ続けようと思う。

 

『わたしは、はっきりと言いたい。運は、制度を変える勇気をもたない者には、その裁定を変えようとはしないし、天も、自ら破滅したいと思う者は、助けようとはしないし、助けられるものでもないのである、と。』(引用元、同じく塩野七生『我が友マキアヴェッリ』)

 

 俺も肝に銘じよう。

 外の文化を取り入れるのはいいことだが、流行、人の流れ、流れるままに、だと。非難された金融マンと大して変わらないのである。

 その上で、ちゃんと努力していかないとね。

 対岸の火事と、のほほんとしてるだけじゃ、何も変えられないで『シン・ゴジラ』のように破壊されるのである。真に活躍したいなら、やはり危機から学ばなければ。

 学んだ人が、ゴジラにも対抗できうるのでる。

 

 以上、蒼ノ下雷太郎でした。

 した!

 

 

 

 

 

見る前は秒速五センチメートルで俺が死ぬんだろうなと思ってました(『君の名は。』 感想)

映画 感想

 「君の名は。」、人気ですね。

 

www.kiminona.com

 

 自分は学生の頃に新海監督を知りました。エロゲーのOPですね。

 エロゲーって、言っちゃ悪いけど低予算でアニメのOPでも珍しいのに(あるにはあったけど)、こんな綺麗で、すさまじいOPを作るなんて――というのがキッカケでした。

 いや、割と失礼な入り方だとは思いますが。

 で、衝動的に『雲のむこう、約束の場所』のBOXを買ったりしてね(ぉぉ

 で、『秒速5センチメートル』を見て、心が沈没するという(おぉ……

 

 

 正直、見る前まではこれも秒速五センチメートルで俺が死ぬんだろうなと思ってましたが、見ると大分印象が変わりましたね。

 あと、見る前はかなーりリア充向けといいますか、カップルや若い子達が見るようなものだと思っていましたが(具体的には言わない)。俺の右手には、大学生ぐらいの女性二人が座り、左手にはカップル(しかも女性の方が)座り、個人的には生まれてきてごめんなさい精神に陥り……これは、あれです。俺の記憶の中では、学生の頃に――当時はヴィジュアル系が好きだったので、あるヴィジュアル系のライブ行ったときを思い出しました。でっかい、さいたまスーパーアリーナの観客席で立って、みんな頭ぐいんぐいん動かす中、俺は絶句してるという……周りが女性だらけで、歌舞伎よろしく頭を回して髪を回して、シャンプーの香がプゥワッ~と……いや、一方向だけなら良いだろうけど、それが周り全体、いや、さいたまスーパーアリーナ全体で漂ってきたときは、扇風機のように全員が広げてるときは、本当に生まれてきてごめんなさい状態でしたが。

 落ち着け。

 ともかく、あきらかに場違いな雰囲気だったんですよ。見る前は。

 でも、いざ上映がはじまると、主人公はしょっぱなヒロインの胸をもむは(入れ替わってから)、クチかみ酒のシーンでは「これ、写真入りで売れないかな」と言うは、てか胸もむのは天どんで何回もするわ――っていうね。

 いざ上映すると、むしろ俺側のギャグが連発してて、(いや、何だ俺側って……)まぁ、これはこれで生まれてきてごめんなさい状態だったんだけど。いづらかったんですが。

 

 ようは、昔の状態を保ちつつ、何だかんだで一般向けしやすいように作られてるんだね。

 

 

 序盤の展開は、本当にうまい。

 所々、テレビシリーズのOPみたいなのは流れるが(これはこれで意味がある)。

 登場人物の入れ替わりが、交互に淡々と進むのではなく、いくらか時系列を省略しながら、一人一人の、主観で進む。

 ようするに、感情移入しやすいように進めるんだ。

 最初は、ヒロインから始まり――次は、男に移るっていう風に。

 (一人称の小説を読むような感じだね。 

  あるコラムでは、エロゲー的視点とも言っていたけれども。)

 

 

 ただでさえ、感情移入しやすい作りになってるのに。

 テンポはいいし。

 登場人物も、好印象な奴ばかり

 だから、自然とこいつら結ばれないかな……主人公達を思うようになる

 最後までノンストップとなる。

 展開も、良い意味で裏切ってね。最初にも行ったけど、秒速五センチメートルで俺が死ぬって作品と思ったんだけど――何と言うか、ジャンル自体が変わったんだね。

「ラブコメの作品だよな――え、途中から謎解きに?」

 ジャンル自体が変貌するような作品は、良い驚きは与えるけど、下手したら話が破綻してしまう恐れがあるが、これは上手くやっていたと思う。

 段々と主人公達を囲むように悲劇が追い詰めていき、もうこれは無理か――ってところで、ようはまぁ、奇跡のような解決がされるっていう。

 非常に、観客にとって精神衛生上よろしい作りになっている。

 話がこんだけ、良いってだけじゃなく。

 相変わらず絵はすさまじく綺麗だし、音もいい。(作画はジブリの人も参加してるんだっけ? 巫女が舞うとことかは、どういうこだわりか知らないが、CG以上によく動く絵だった)

 見終えたあとは、リア充向けとか、オタク向けとかどうでもよくて……「ああ、これなら爆発的大ヒットも変じゃないな」と素直な感想を抱いた。

 こりゃ、売れるよ。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 当初は土日で「これなら、八十億円ぐらい売れるんじゃね?」と噂されてたけど。この調子だと、上映期間も延長されて、もっといくんだろうかね。

 この人気の理由は、色々言われてるけどさ。

 一般向けの層を大量に取り入れたから――ってのが、理由なんだろうけど。一般向けというか、言い方を変えると若い人達だ。若い人ってさ、カップルとか、友達連れで見ることが多いから、自然と動員数も増えるんだよね。

 何でここまでの人を集められたのか――まぁ、映像美は万人に分かりやすいすごさだからってのもあるし。ダヴィンチなどで、映画の小説版を載せてたりもしたから。あそこら辺の人達の目も浴びやすかったんじゃないかな――。

 

 いや、中には手放しで評価できないって人もいたんだがね。

 てか、批判的な意見。

 その中にはただ偏見で語る馬鹿な某映画評論家もいましたが。(いや、これはどうでもいいか)、その他には割と納得のいくとこがある意見も多数ありました。

 

 ・細かなとこが、雑

 

 話の設定とかね。

 多分、これで批判的になった人が多いんじゃなかろうか……。

 ここからは、大分ネタバレになるんで、これから見るって人はさけてください。

 

 例えば、タキが実はヒロインと数年前に会っていてリボンを受け取ったとことか……。

 知り合ってるなら、入れ替わったときに顔分からなかったのか。

(すぐに思い出せなくても、あとあと思い出すことってなかったのか)

 いや、これは記憶が消える云々で説明できるのか?

 

 他にも、『そこあに』で言われてたけど。

 スマートフォンの日記は、iCloud に保存されてないのか? とか。

 

 ヒロインの父親を最後はどう説得したかも描いてないし。

 

 てか、入れ替わりだって、時代が違うってのは街を歩いてるだけでも分からないものなのか……。などなど。

 

 他にも、批判的な意見としては、主人公とヒロインが結ばれる理由が分からない。

 あいつら、互いに好きになるとこあったか? ってのだ。

 誰が言ったかは、まぁ調べてくんさい。

 これは……俺は、そこまで思わなかった。

 ちゃんと、ヒロインが主人公を好きになる理由は描かれてた(ヒロインをけなす奴らにキレたり、とか)。あと、都会への憧れもあるだろうしね。それでいて、しょっちゅう、人格も良く、かっこいいイケメン男子になってたら……そりゃ……。

 いや、じゃあ、男が好きになった理由は何だと聞かれたら。

 あの思春期のJKの体に入れ替わって胸をもめば、そりゃ……。

 生まれてきてごめんなさい

 

 

 大体が、細かなとこが雑につながるんだけど。

 他にも、記憶が消える、について細かな説明も意味も描かれてないしね。

 何で、あれは起こったの?

 それを描いてないし、必然的理由もないから、ただ『君の名は。』と言わせたいための設定に思えて……。(多分、タイムパラドックスというか。時間を移動してるからってのが、あるのかもしれないけどさ……いや、よー分からん)

 

 いや、こういう細かいツッコミはあげればキリがないんだけどね。

 じゃあ、細かいツッコミを全て解決すればいいのか――というのも、また違うからね。

 それによって、作品の勢いが削られてしまう。

 そんなことも、よくある話だ。

 ドラッグでラリラリした滅裂な文章が文学と呼ばれたり、血が沸騰する勢いのアクション映画が傑作と言われるのも、そういう理屈だ。それに、感情移入しやすいようにできてるから、見てるとあんまり気にならないしね。

 

 個人的には、細かな不満があるだろうけど――でも、やっぱり傑作であることには変わりないと思う。

 『アイアムアヒーロー』から、今年の邦画は何かすごいと思い始め、でも内心は(いやいや、でも今回だけだろ?)と思っていたのが、警察が横領したり、V6がブチギレる映画が出たり、名探偵コナンがさりげに六十億ぐらい儲けて、さらにはあの偉大なる怪獣王が暴れ初めて、しまいには『君の名は。』だ。

 何かすごい――じゃなく、ただ、とてつもなく、すごい。

 今年の邦画は、いいぞぉ。

 やっぱり、これまで散々言われて鬱憤がたまってたんだろうね。

 日本をなめるな!

 という感じでね。

 

 もちろん、良い作品を作るには日本という箱だけじゃなく、箱の外にあるものも見なければならない――それこそ、『君の名は。』で散々語られてるような、目に見えないつながりを、ね。探さなきゃ、いけないとは思いますが。

 どの作品が、赤い糸でつながってるなんて。

 見なきゃ分からないからね。

 

 以上、蒼ノ下雷太郎でしたー。したー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひさびさのブログだぞ(『クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃』 および 超人幻想などの感想も)

アニメ 感想

 いやぁ、最近ブログ書いてなくて、中には(蒼ノ下死んだんじゃね?)と思ってる人もいるかもしれないが……いないよね?

 生きてます。

 最近、クレヨンしんちゃんの映画にはまっててね。

 で、見てたらもう語りたい脳が止まらないので、筆をとったならぬキーボードをとったわけ。

 

 

 内容としては、かなり異色だ。

 映画の構造というか、普通の映画としても、クレヨンしんちゃんの映画としても異色。

 しかし、個人的にはこれはクレヨンしんちゃんをメタ的にとらえた隠れた傑作なのではないかと……い、いや、その分、犠牲にしたものもあるにはあるけどさ。

 

 というか多分、話としては押井守の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』に近いんだけどさ。最近だと、まどかマギカの劇場版か。

 

 

 いつも映画だと、突拍子もないSFだったりファンタジーに巻き込まれて、大冒険を繰り広げる野原一家だけど。

 今回はかなり小規模。

 

 何でも、時間の歪みがどうたらこうたらで、異次元のような場所(実際には違うけど)で三分間戦ってくれというんだ。

 戦う相手は、怪獣。

 街を破壊し、人々を襲っている――止めるのは野原一家、戦う際には未来人(野原一家を巻き込んだ張本人)の力を借りて、それぞれがイメージするスーパーマンだったり、魔法少女っぽかったりするのに変身する。

 ――で、映画はひたすらこの流れが繰り返されるんだね。

 変身しては戦って。

 変身しては戦って。

 ……まぁ、これがエンタメ要素を薄くして、人気がない理由なのかもしれないけど。

 でも、この映画のすごいとこは、次第に巻き込まれただけのはずだった野原一家が、段々と(自ら)戦うことに積極的になるんだよね。

 いや、みさいえとか最初からテンション高くなって、戦ってたけどさ。

 

 その、テンション高くなるというのは、合間に現実のシーンをはさんで描写される。

 朝起きて、飯をつくり、しんのすけを幼稚園のバスに――乗せられなくて、自転車で追いかけたりする、とことか。

 会社で上司に叱られるとこ、とか。

 そう、だから変身して戦うってのは、ある種の解放感――それこそコスプレするのと同じ感覚になってきてるんだよね。その変身して戦う間だけは、完全無敵のヒーローとしていられるから。

 最初はみさえだけだったのが、ひろしもやるようになり、ひまわり、しんのすけ、シロもやり始める。……で、段々と家の中が変化して、ゴミが散らかり、いつもの幼稚園のバスが止まると、玄関にゴミ袋が散乱して『!?』という状態になる。

 見ただけで分かるゴミ屋敷。

 というか、育児放棄だね。その状態だと。五歳や〇歳の子供がいるからさ。

 事実、みさえは変身して戦うチャンスが出たとき、ひまわりのミルクをしんのすけに押し付けてまで向かってしまう(あの、みさえ、がだ)。

 まるで、インターネットのネットゲームにはまりすぎたかのようだ。

 

 このままじゃ、どうなるんだ。

 しんのすけの恐怖に反応するかのように、怪獣の強さもあがっていく。

 ついにはみさえやひろしが、怪我までする始末。

 というか、瀕死でどうにか勝った状態で、次は絶対に勝てないんじゃないかとようやく危機感が芽生えてしまう。

 そう、現実から逃れるための非現実――幻想が、良い夢だったはずが、悪夢になってしまったのだ。

 二人はもう戦うのがこわくなり、怪獣が出ても戦うのを拒むのだが――しんのすけは、戦いに行くんだね。

 このときに行った理由が。

ひま(ひまわり)に女子大生になってもらって素敵なおにいさまって友達に紹介してもらう

 なのが、非常にしんのすけらしいのだが。

 

 でもこれって、ようはひまわりの――妹の未来を守るためだよね?

 この映画の冒頭は、アクション仮面の夢を見るしんのすけの話なのだが――そのとき、アクション仮面に『きみにとっての正義とは何か?』と問われるんだ。だから、これは非常にしんのすけを象徴する話だ。

 彼はこれまで、どの映画でも家族や友達、もしくは仲間となった者達のために戦ってきた。それが、これにあらわれてると言える。

 

 

 俺が何でこの映画を見たいと思ったかは、このサイトの記事がキーになってるんだけど。

 考察 ケツだけ爆弾クレヨンしんちゃん研究所

 クレヨンしんちゃんの映画といえば、まぁ戦国だったりオトナ帝国が名作として人気――は、みんな知ってると思う。

 でも、実際はそれ以外にもクレヨンしんちゃんのキャラクター性を保ちながらも、本来の映画のおもしろさ、西部劇だったりSFだったりを盛り込んだ、非常に濃厚なエンターテイメントをやっているんだね。

 だけど、中には評判だけじゃなくアンチが多い人がいて。

 それが、この映画の監督なんだけど――いや、俺は大好きなんだけどね。

 

 上の考察で書かれてるのは、『オトナ帝国』は確かに名作で、クレしんとしても、一個の映画としても優れている。

 しかし、少々理想の家族像として野原一家を描いてないか?

 そもそも、野原一家とは一般家庭の象徴だったのではないか。

 ならば、少々雑というか、家族として歪さもあるのが、むしろ野原一家であると言えるのでは?

 そもそも、これまでのクレしん映画で野原一家が正義の側にいたのは、野原一家の家族を守るために悪の側を倒す必要があったからで。

 ぶっちゃけ、矛先がちょっとずれたら、『世界』よりも『家族』を選ぶのではないか。

 それを問うたのが『ケツだけ爆弾』という名作の映画なんだけど。(これはまた、いつか語りたいと思う)

 

 そして、『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃』は。

 そのことを濃厚に描いた作品だ。

 いつも巻き込まれる側だった野原一家が(当たり前だ。ごく普通の家庭は、ゴールデンウィークに旅行することはあれ、戦国時代やファンタジーの魔物と戦ったりなどはしない)最初はいつも通りに巻き込まれただけだったのに、気がついたら自ら積極的に戦いにのめり込んでいった。

 確かに、現実を忘れて非現実にのめり込むのは楽しい。というか、小説家になりたいなんて言ってる俺とか、とくにそう。よく分かる。

 でも、だからといって現実を忘れてはいけない。完全に忘れてはいけないんだ。非現実は現実があってこそ成り立つのだから。

 これは、ヒーローを描いた作品にもいえる。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、ヒーローが持つすごい力だとかすごい武器だとか、そういうこと自体には何の価値もない。本当に重要なのは、それで何をするか。

 何を、しようとするかだ。

 だから、しんのすけがこの映画で言った『妹の未来を守るため――家族との未来を守るため』それだけじゃなく、彼が守りたいと思った者達を守るために戦おうとするのは、非常に感動的なのである。

 

 こんだけ長く語って、さらに他のアニメの話をすると、また困ったことになるのだが。

 ちょっと前に、『超人幻想』というアニメがあった。

  もう、強引に短くまとめると、特撮のヒーローなどが現実となった世界(正確には昭和の時代で)を描いたアニメだ。

 ここでは、頻繁に『超人とは何か』を問いかける。

 超人なのに何もできなかったり、超人なのに悪事に手を染めたり。

 現実を何一つ変えられず、むしろ社会の闇に染まっていく。まるで、ただの人間のように。

 それでは、超人とは一体なんなのか?

 理想が何度も裏切られて、朽ち果ててく中、主人公が出した答えが、本当にすばらしい作品なのだが――。

 

 これでも、『超人とは何か』で、ただ単に力が強いとか、すごい能力を持ってる、という答えにしてないんだね。

 問題はそれで何をするか。何をしようとするか。

 何も超人幻想だけじゃない。

 アメコミ――キャプテン・アメリカだってそうだ。

 元々、キャップは世界大戦当時ひ弱な青年だったのが、改造による超人になったんだけど。

(町山さんの解説から語るが)そもそも、彼は虐げられていたとこの出身(アイルランドらしい)なんだね。(正確には二世だっけか)

 だから、いくら虐げられていても、新しい場所で何者にでもなれるアメリカ――その国の理念のために彼は戦うことを決意した。(当時はアイルランドはアメリカと敵対ってなってたらしい)

 皮肉にも、彼のその想いはときが経っていくごとに裏切られ、アメリカ政府と戦うハメになるんだけどさ。

 でも、彼が戦う理由ってのは、何者にでもなれるはずだったアメリカ合衆国――その理念のために、戦ってるんだよね。

 

 そう、俺はしんちゃんが、とてつもないヒーローに見えてすごい良かったんだ。

 ちゃんと、現実の五歳児のしんちゃんも、一般家庭の野原一家も描きながら。

 でも、家族――いや、誰かのために戦うその姿が、とてもまぶしく見えたんだね。

 もう、俺この映画観て号泣して、いや大抵ヒーローを語る映画観ると号泣するんだけど、俺が号泣偏差値を勝手に取ったので語ると、号泣インパクトだったね。うん。ものすごい、号泣だった。(ちなみに、『ケツだけ爆弾』では号泣ビッグバン)

 

 ヒーローとは何なのか。

 それは、以前書いた『アイアム・ア・ヒーロー』の感想でも書いてるけどさ。

 そのときに書いたのは、本当にヒーローに必要なのは力でもなんでもなく、優しさと書いたが。

 言葉は違うが、今回も言ってることは同じだ。

 何をするか、何をしようとするか。

 その基点となる――優しさこそが、ヒーローの本質なのである。

 安易な引き金に何の価値もない、大事なのは優しさによる重さである。

 それ以外は、あくまで飾りなのだ。

 

 

 ちなみに、俺なんかがついでにというのも、何ですが。

 俺もヒーローを題材にした小説を書いてます。

ncode.syosetu.com

 ヒーローとは何か。

 周りから、『悪』とされてるものを倒せば、それでヒーローになるのか?

 違う。

 ということを、書いた作品です。

(ちょっと、四万文字におさえるため、急ピッチなとこあるのはご愛敬)

 

 と、流石にそろそろ長すぎる。

 以上、蒼ノ下雷太郎でした。した!

霊界からの人間界に対するサイコーのオモテナシ(『貞子vs伽椰子』 感想) 

映画 感想

 この前、ある映画を見ましてね。

 六時ぐらいの回だったんで、やっぱり結構人がいて、中にはマナーの悪い客もいてね。

 上映中もペチャクチャうるさかったり、その前は前の席に足かけたり(前の席に人が座るとすぐ引っ込めたけど)、苛々しながらも何も言えないのが小市民のクズな俺でありますから、黙って見ていましたけど。

 でも、最後はみんな映画に沈黙して見ていましたね。

 もう、ペチャクチャも舐めた態度も取れないっていう――ざまぁみろっ!! って俺の心が叫びました(性格悪い)。

 

sadakovskayako.jp

 

 いやまぁ、俺みたいな奴もホラー映画だと例外なく死にますね。

 

 しかし、自分より恵まれてるものを嫌う――いや、自分より多くの集団を嫌うというか、何か集団で良い顔してる奴らを憎む気持ちは誰にもあると思う。いやまぁ、もっとぶっちゃけると、大衆を呪うって奴だ。

 俺は『貞子3D』も割と好きだったりする。(もう、ジャンルが違うものになってるけどね)

 貞子って、ようは大衆によって殺された人だからね。だから、VHSよりももっと大衆を攻撃しやすい媒体を手に入れて――と感心した。現実でも山村貞子のときのような事件はあるじゃないか。確かに道理的に許せない奴だけど、だからって集団であれこれ責め立てて、ついには子ども時代の手紙なんてさらす始末。

 おいおい、TVって最悪だなって思ってたら、ネットの反対意見でも『だから日本人は愚民なんだ』という輩が出る始末。最悪なことにどっちも始末が悪い。カーニヴァル化したいじめに一人一人が何の罪悪感もなく結末の代償も一切考えない、片方はそれを嘲笑するまた別の集団、どっちも救いようがない。そう、本当のホラーって悪霊でも化け物でもなくて、人間なんだよね。人間こそがこの世で最も恐ろしい。だから、貞子や呪いの家がしたことも、一種の復讐であるといえる。その気持ちを理解できない人は果たしているのだろうか?

 いるはずがない。

 と、悪霊は笑い、人の生を嘲笑する。

 そう、ふと自分のうしろ、横、どちらでもいいが。

 場所もどこでもいい、学校でも職場でもショッピングモールでも、クスクスッという笑い声を聞いたことがないか。それは嘲笑だ。他者の価値観や人生などおかまいなしに嘲笑の的にして娯楽品に変える最低の行為。

 だから、やり返す。

 理不尽に人を殺し、人が恐怖してあがくさまを嘲笑するのが貞子であり、伽椰子ではないのか。これが霊界からの人間界に対するサイコーのオモテナシという具合に。

 ……もちろん、それはとても醜い姿であるのだが。

 

 

 ここまで語って、あらすじもないのだが。

 この映画は二つの世界観をミックスしたものなに、すごく整理されていて分かりやすくなっているため、あらすじも簡単に済ませられる。

 簡単に言うと、貞子の『呪いのビデオ』、伽椰子の『呪いの家』にそれぞれかかってしまった女性達が、紆余曲折の末に常盤経蔵という凄腕の霊能者に巡り会うのだが。

 彼の提案が、呪いに別の呪いをぶつける――バケモンにバケモンをぶつけるというものだった。

 この常盤経蔵ってのも、良いキャラしてるんだよね。

 (ブラックジャックのイメージらしく、相方にはピノ子みたいなのもいる)

 

 映画の宣伝では散々ネタにもなってるし。

 かなり話を分かりやすくして、二人の悪霊の登場シーンもパターン化されたものだが……これ、かなり怖いのである。

 テンプレではない。

 歌舞伎の様式美になっているのだ。

 それでいて、作中ではメインキャラ意外にも死人が大量に出るんだが、その一人一人の殺し方もこれでもか!というくらいに驚かして責め立てる。

 最後にはもう……マナーのなってない客達も震撼するような、絶望につつまれる一作であった。

 

 最近の邦画は悪人や死人が群雄割拠し恐ろしいことになってるが、(最高ですね!)どうしたことかね。これ、町山さんが年末に帰国したら「日本おかしいぜ!ww」と爆笑するぜ!

 みんなも、この一連のおかしな悪人・死人ブームにのっかろう!

 以上、蒼ノ下雷太郎でした。

 

 

 

 

 ・新世紀桃太郎

 これも、集団の恐怖を描きたいですね。

 更新してるよ!

ncode.syosetu.com

『新世紀桃太郎』を更新した

エッセイ

 朝起きたら、めっちゃ寒くてびっくりしております。

 寒けって、本の題名であったか。

 あと、ギャザリング……いや、どうでもいいこと考えた。

 

 最近、トウガラシやら二十日大根やらを育ててるんだが。

 こんな日じゃ、トウガラシも育たないなぁと嘆く。

 ころたんという、個人で育てられるメロンも寒さに弱いので、屋内に置いといた。

www.sakataseed.co.jp

 

 

 あと、『新世紀桃太郎』を更新した。

 第一話までは終えたので、あと二、三、四。がんばり、マッドマックスである。

ncode.syosetu.com

 

新世紀桃太郎、投稿!(文学フリマ短編小説賞応募作品)

エッセイ

 小説家になろう、の企画でこんなのに応募してる。

 

buntanpen.hinaproject.com

 

 いや、これもまた、カクヨムのように読者選考で遅いスタートをきっちゃったんだけどさ。

 ともかく、これで俺は『新世紀桃太郎』というので参加しています。

 

ncode.syosetu.com

むかしむかし、あるところ――から、鬼が現れた。

世界中が襲われ、瞬く間に世界は掌握。
各国のお偉い方は地球外に逃亡し、残された人類は各々で自衛するが、大半は死滅する。

数十年後――怒った人類は切り札として、『御伽兵器(おとぎへいき)』を地球に投下。
最初に投下されたその兵器は、『桃太郎』という個体名であった。

地球に投下され、桃太郎は鬼を皆殺しにするかに見えたが、彼は鬼のプリンセスに恋をした!?
衝撃の異類恋愛、憎しみと争いの果てに恋は成就するのか、戦いは終わるのか。
時代は旧世紀じゃない、新世紀だ! 恋をして、戦え、桃太郎!

 

(本文のあらすじから、抜粋)

 

 

 

 四万文字以内なので、短編になりますが。

 でも、ボリュームの高い作品になるよう、がんばります。

 時代はアメリカが『シビル・ウォー』や『ズートピア』など、まさしく神のような作品を作り上げる中、日本はやっと面白さを取り戻した――スタート時点ですが、一人一人がアマチュアでも面白くつきぬけた作品を描ければ――なんか、言ってて嫌なユーチューバーっぽくて気持ち悪いですが!

 ともかく、がんばりマッドマックス!!

キティのバッグをしょったデッドプールについての、あれこれ

エッセイ

 ひさびさにブログを更新しようかと思ったけれど、気がのらないというか、心がフニャフニャというか。

 一応、ノベリスタ大賞には応募したものの。

 過去に書いたものを使い回しただけなんで、こんな自分に吐き気を催したりだとか。

 色々とフニャフニャしてんなぁ、の毎日でございます。

estar.jp

 そういえば、デッドプールは五月二十六日に、友人が試写会のチケットを当てたってんで、行ってみた。

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 ほんと、デッドちゃんのキャラが最高である。

 低予算なのは百も承知、ともかく子供心にある残虐精神やら隠れた中二病ならぬ小五病のようなものが覚醒し、歓喜の声を!

 いや、ここまではならないが。

 しかし、冒頭に真上から車に乗り込んで、超近距離での近接戦闘だとか。

 銃ぶっかけ、だとか。

 自分が不死身なのをいいことに、グロしまくりだとか。

 見どころが満載だ。

 あと、何より恋愛ものとしても、デッドちゃんは純情だからね。共感がもてやすいんじゃなかろうか。

 

 一応、R-15だっけか。

 でもこれ、中学生ぐらいが一番見なきゃいけない映画だよね。

 文部省は推薦してくれないかね。

 もしくは、バトル・ロワイヤル』のように罵倒してくれないだろうか。

 あれって、逆に中学生の心を躍らせてくれて、大変よい宣伝になったと思うんだが。

 むぅー。

 

 

 ……ちなみに、デッドプールの試写会には後日談があり。

 翌日、十七時ぐらいに家に帰宅すると、ポストの下にある花壇に一枚の封筒があった。

 封筒には洋泉社の文字。

『――はっ!』

(ちなみに、多分花壇に落としたのは今朝の俺)

 あわてて俺は自室に行き、封筒をあける。

 すると、中にあったのはデッドプールの試写会当選のはがきであった……。

映画秘宝の懸賞である)

『……っ』

 もう、昨日行ったばかりだよ!

 という言葉も胸に浮かぶが。

 いや、それでも、この当選してくれた恩を無駄にはできないと思ったのだが、気付いたのは十七時。場所と時間的に、もう間に合わない。

『ぬっ……ぬぅ……』

 それは、映画秘宝を裏切ることになるのではないか?

 

映画秘宝 2016年 07 月号 [雑誌]

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 映画秘宝デッドプール表紙が目にしみる。

 デッドちゃんと俺との友情を裏切ることになるのでは。(自分でも言っていて意味が分からない)

 

 映画秘宝の懸賞品の管理というか、選別をしてるのは誰だ?

 高橋ヨシキさんか?(すごい、適当に考える)

 おそらく、俺を当選させてくれたのは『ははっ、すごい馬鹿なこと書いてる奴いるな。秘宝は馬鹿の味方だからな。しゃーない』と、温かい気持ちからではないのか。

 俺が試写会に行かないのは、その気持ちを裏切ることになるのでは――。

 熱い罪悪感が我が身を支配する。

 これはあれだ。

 昔、母親の弁当を忘れてて腐らせたメモリーを思い出す……フード理論からいっても、あれは絶大なる罪悪感だったが――。

『ぬぅぅぅぅぅぅうっ!!!!!!』

 絶叫した俺は――

 

 

 

 いやまぁ、あきらめて何か適当に本読んでたけどさ。

 ほんと、すいません……せっかく試写会に当選したのに……およよ……。

 

 この一連の出来事を書くために、封筒を写メしなきゃいけないな。

 でも、どこまで写メで撮っていいのかな。封筒とか、撮っていいん?

 と悩んだり、ぼけーとしたりしてて、写メ獲るのめんどくさいなーと思うようになり、今の今までブログを更新しなかったわけである。

 何という、怠惰な男だろうか。

 自分でも恐怖してしまう……蒼ノ下雷太郎なのでありました。

 以上。