アメリカで流行。
LAで流行ってる、とか言われると。
ついつい、心が傾いてしまうのが人情ってもんだろう。
行動経済学とまでいうつもりはないが、マックの座席、スーパーの特売よろしく、なすがままに流される、水が上から下へ落ちるように、お菓子の家に迷い込んだ子供二人が歩きながら撒いた食べ物を自分らが食べるような有様である。
いや、ちょいとひどいこと言っているが。
最近、料理に凝っていて。クックパッドを見ながら、よいしょ、よいしょとがんばってやっている。
この前は、『エッグインクラウド』をつくってみた。
(エッグインクラウドとは(アメリカで話題!ふわふわ~♪エッグインクラウドがおしゃれでおいしそう♡ - NAVER まとめ))
エッグの他に、総菜があったりするのは勘弁してほしい。
あと、栽培でやってたミョウガも切って、フライパンで焼き、しょうゆで味付けした。
これだけで、うまいもんだね。エッグも、すごいおいしかった。フワフワしたメレンゲが塩で味付けされてるから、フワフワとした食感ながらも味がちゃんとあり、さらに黄身までミックスされるから、最高である。
さらに良いことは、応用が効きやすいことか。
トーストの上に乗っけたり、中にはもっとメレンゲ部分を大きくしてその上に野菜を乗っけて、オシャレなサラダにしたのもあったな。
あれは、一度やってみたいもんだ。
(ただ見栄えとしてどうしてもプチトマトが必要だが……俺は食えないのだ。殺生な)
さて、枕として長いこと語ったが。本題はこれではなく、ちょっと試しに読んでみた面白かったので、紹介したい。
金融関係の話で、何かというと『ゴールドマン・サックス』の話だ。そこに務めていた人が書くのだから、信頼性は高いが、しかしゴールドマン・サックス……と思う人もいるだろう。
まぁ、それについて告発というか批判した本だけどさ。だが、それを冷血につきつめていくだけじゃなく、「だから、日本もがんばらなきゃいけないんだよ!」と胸を熱くさせるような、金融マンって冷たい印象をどうしても持ってしまうけど、むしろ、アニマル浜口のような熱血さを感じさせる一冊だった。
簡単に、説明すると。
自分が務めていたゴールドマン・サックスは、まだひよっ子だった大手企業を真摯に育て上げて、尊敬する企業であったが、いつのまにか強欲企業と言われるようになり……と、嘆きながらもゴールドマン・サックスおよび、金融業界のひどさを語っていく。
例えば、サブプライムローンや、『マネー・ショート』見ていた人なら分かると思うけど、CDSとかね。
それにより、ギリシャがかんなり困ったこととか。
あいつら、結局ゴールドマンの顧客はゴールドマンなんだな、と批判していく。
だが、この本はそれだけじゃ終わらない。
じゃあ、日本はどうだ。と見返してみれば、結局やってることは変わらないじゃないか。
いや、金融に関して言えば海外ほどひどいのはいない。
しかし、経済はどうだ。と、語り。
逆に、アメリカのデトロイトは復興の道を進んでいると続く。
アメリカのデトロイトは、車の製造などで盛っていたとこだけど。
それが破綻して、かんなり悪いとこになってね。
でも、今は「工場農業による復興プロジェクト」が進んでいるんだとか。
これは、デトロイトで空き家となった工場やオフィスビル、大型店舗などを室内農業にするというものである。
ネットで検索すると、室内農業だけじゃなく菜園も広がってるらしいけどね。
一度、リアル・北斗の拳とか散々言われた街ではあるけれど。
今じゃ立ち上がろう、もう一度甦らそうとがんばっている。
胸アツな話じゃないか。
この本でもこれは熱く語られていて。日本も、これを見習いがんばらねばならないのではないか、と訴える。
本には、途中ある言葉が出される。
イノベーション・エコシステム。
エコというと、分別云々を思い出すけどさ。これの場合のエコは違う。
ようするに、イノベーション(技術革新)のための生態系をエコ(保全する)ことが、大事であるということだ。
技術革新は天才がいれば、と待つだけではダメだ。だからといって、大勢を育てるってだけでもだめ。真の技術革新は、それを育てる土壌、育った者達を受け入れる度量がないとダメだという。
最後に、この本はある言葉を引用する。
マキアヴェッリのだ。
『普通、人間は、隣人の危機を見て賢くなるものである。それなのにあなた方は、自ら直面している危機からも学ばず、あなた方自身に対する信ももたず、失った、または現に失いつつある時間さえも認識しようとはしない。あなた方の考えを変えないかぎり、いたずらに涙を流すことになるだけであろう。』(途中までそのまま引用)
自らのいたとこ、自らもある程度は関与してると戒めながらも。
だからこそ、日本は対岸の出来事と思わないで。いつ、ここでも起こるかも知れない、と危惧しなければいけないのだ。
と、熱く語った一冊である。
最後に、引用した部分をちょいとだけ続けようと思う。
『わたしは、はっきりと言いたい。運は、制度を変える勇気をもたない者には、その裁定を変えようとはしないし、天も、自ら破滅したいと思う者は、助けようとはしないし、助けられるものでもないのである、と。』(引用元、同じく塩野七生『我が友マキアヴェッリ』)
俺も肝に銘じよう。
外の文化を取り入れるのはいいことだが、流行、人の流れ、流れるままに、だと。非難された金融マンと大して変わらないのである。
その上で、ちゃんと努力していかないとね。
対岸の火事と、のほほんとしてるだけじゃ、何も変えられないで『シン・ゴジラ』のように破壊されるのである。真に活躍したいなら、やはり危機から学ばなければ。
学んだ人が、ゴジラにも対抗できうるのでる。
以上、蒼ノ下雷太郎でした。
した!