俺は昔は、まぁいじめられた。
いや、創作目指す人って大抵そうだよね(偏見)
何か周りとなじめなくて、馬鹿にされたり、嫌がらせされたり。
子供って純粋でキレイって言う奴いるけど、純粋だからキレイって道理はなくて。純粋だからこそ、善悪関係無しに思ったことをそのまま言ったり、行動したりすることもあってね。小学二年生の頃は、俺の名前を付けた『触ったらつく、~菌』とかあってね。(いや、俺以外にもやられてた奴はいたし、俺もそんな褒められた人生は送ってないが)
……まぁ、あの頃は子供というか。俺は馬鹿だったんで。とくに、気にせずやってはいたけど。友達はロクにいなくてね。家帰ってテレビの再放送(ルパンとか見てたか)や、あと特撮ばっか見てた気がする。
本当に辛くなったのは、小学校高学年。もしくは中学生だ。
ある程度、知能がつくとどんだけ苦しいのか、自分がどんだけ惨めな存在が分かってね。今思うと、ほんとくだらないんだけど。運動できる奴が大抵クラスのリーダーか偉い奴になってさ。で、そいつらはクラスに四~五人いて、互いに認め合ったりして。みんなも彼らを褒め称えて、その輪に入れない、というか入らされなかった奴らはホントゴミクズみたいな扱いでね。
体育とか、バレーボールがホント大嫌いで。
下から上げるパス、上から上げるパス、そんな使い分けできなくて。やったらやったで、明後日の方向にボール行くし。同じチームからは文句言われて、敵チームからは「あいつが穴だ」と言われてね。
何度、学校が爆破すればなぁ……って思ったことか。
それこそ、怪獣映画のようになれば、ねと。
現実がほんと嫌なもんだったから、いつも空想にばっか逃げてた。
空想の中は自由だから。
今思えば、もうちょい戦ってれば、と思うけれど。
今の若い子だと、怪獣じゃなくて、巨人がクラスに来て――とか。
もしくは、『ハカイジュウ』みたいなのが来て――と空想……いや、妄想か。するのかな。
ちょっと前だと、中二病的な妄想かもしれないけど。
俺は年代の割には怪獣映画ばっかだったんで、ちょっと怪獣が学校壊さないかと思った。悪趣味ではあったが、それが救いだったんだね。実際は壊れるはずないし、あとどう考えても褒められた妄想じゃない。
そう、やっぱ悪なんだよ。
あいつらみんな死んで――とか。学校壊れろ――とか。
やっぱり、どう考えても悪なんだよね。
だから、怪獣映画に出てくる怪獣が人間に倒されたり、もしくはウルトラマンのようなヒーローに倒されるのって、意味があるんだ。
俺みたいな奴は怪獣に感情移入して、学校壊してくれたヒャッホー!ってなるけど、やっぱりそれは悪だからね。倒されなければいけないんだ。怪獣映画の怪獣の死って、見てる人達の『悪の崩壊』とも言える。
破壊によって一時的にだが、自由を得る。学校を壊したり、嫌な奴をブッ殺したり。だから、妄想の中とはいえ喜ぶ。
でも、それはやっぱ悪だから。
確かに一時的な自由は得られたけどさ。それはあくまで一時的なもので、永遠にしちゃいけないよね。だって、妄想の中とはいえ『破壊』、『殺人』で喜んでるんだから。
さて、『バットマンリターンズ』である。
ティム・バートン監督作。
今の世代も、というか俺も、バットマンといえばクリストファー・ノーラン監督が思い浮かぶと思う。
だが、1992年にティム・バートン監督もやってた。
作風はノーラン監督とはかなり異なり(てか、過去を最近のと比べるのは変かもしれないが)、リアリティあるバットマンではなく、もっと荒唐無稽なもの。それこそ、子供向けの作風といえるバットマンである。
市長の演説中に襲ってくるのはサーカスギャング団で、一輪車に乗って襲ってきたり、火を吹くピエロだったり、デタラメだ。
だが、何よりデタラメなのはギャング団のボスであるペンギンだ。
死人のように白い肌に、尖った鼻。汚れたベビータイツに、よだれかけ。
しかも、周りにはいつもペンギン(動物の方)がうようよいる。
何じゃこいつは、と思う悪役だが。何故かこの作品はこいつに感情移入してしまうのだ。そう、こいつは俺が見てきた怪獣映画の怪獣そのものだったんだ。
名家の長男として生まれたが、幼い頃に両親に捨てられる。
で、そこから彼は閉鎖された動物園でペンギンに育てられるらしいが~(ここら辺はウィキペディアでも読んで欲しい)
大分、時が経って彼は表舞台に出たいと願う。
で、たまたまゴッサムシティの市長の陰謀を知り、協力関係になるんだが、彼は何故か市長選に出るハメになってね。(でも彼はとても周りに好かれるような性格ではない)
それでも色々な手を使って人気を取ろうとするが、バットマンに邪魔されて失脚。
逆ギレして暴れるんだが……。
確かに人殺しとか、破壊とか。
散々悪いことはしてるんだ。
でも、それを言ったら最初に悪いことしたのは彼を捨てた両親ではないのか。
というか、市長は悪くないのか?
市長選のときなんて彼なりにがんばろうとするんだけど、あまりにも周りと価値観が違いすぎて浮いちゃってね。それがもう悲しくて悲しくて。自分のことのように……いや、自分にもあったような記憶が思い出されるんだよ。
最後は、正義のヒーローであるバットマンに倒されるわけだが。(実際はバットマンの手、というわけではないか)
そこがまた、ね。
怪獣映画の怪獣のようで、ほんと悲しいんだ。
確かにこいつは悪い奴だったけど……俺は、それで救われてしまったんだよ……よ。
だから、せめてもの救いがあれば……と思うけど、なくてね。
まぁ最後は動物のペンギンたちに見送られて死んでいくけどさ……それが最後の唯一の救いだった。
確かにあいつは悪いこと散々したけど、だけどあいつだって色々あったんだよ!
と叫ばずにはいられないラストだった。
他にも、この映画にはキャットウーマンというキャラもいて。
あれだね、ノーラン監督のでも最後ので出ていたっけ。
こっちはキャットウーマンとして覚醒したあとに、母親の留守電記録――を保存してたのを破壊し、かわいいぬいぐるみを切り刻み、小っちゃいシ●バニアファミリーのようなのをスプレーでグチャグチャにしたり、と暴れて。
というか、アナ雪のような開放感につつまれるんだけどね。
こいつもまた、ペンギンのように考えさせるキャラでね。
確かにこいつが溜めていたものは相当すさまじく(そもそも覚醒した理由ってのも、市長が一度彼女を殺した――というか殺そうとしたことが原因でね)だからそこは納得できる。共感できるんだが、店のものを破壊するわ、殺人の荷担までしちゃうわ。お前、それじゃダメだろ! ってなっちゃうんだ。
世間からはハブられた者達の痛みというのかな。
苦しみが、切実に伝わる映画で。ほんと、最後まで双眸の涙腺がやばい映画だった。……バットマン? あぁいや、主役はペンギンだからね。バットマンは脇役ですから、はい。大切なことなんで二回言いますね、はい。
主役はペンギンだ! 以上!